第43話 VS元カノ
いや、やってきてしまったというべきか。
時間としては、待ち合わせの時間まで、まだ二十分以上ある。
彼女も彼女で早く来たうえに、俺のメッセージは見ていなかったようだ。
人ごみの中で浮かび上がるくらいに、きらきらした笑顔で彼女はこちらに手を振り、いつもより少しふわっとボリューム感のある茶のショートヘアを跳ねさせながら駆けてくる。
その一方で、俺は顔を引きつらせつつ、とりあえず手首を振り払う。
が、それが目一杯だった。
もうここまできたらエンカウントは避けられそうになかった。
「えへへ、こんなに早く来るなんて、よっぽど楽しみにしてた? めっちゃ嬉しいかも!」
青葉は俺の元まで駆けよって、少し腰をかがめると、喜色満面の笑みで俺を下からのぞき込む。
「あぁ、まぁな。とりあえず、行こうか」
「え、うん! あ、でもその前に。どう思う、この格好」
青葉はそう言うと、その場でくると一回転して見せる。
スカートのフリルがひらひらと舞うその服装はといえば、さっきSNSで流れてきた記事で見た『勝負服』とほとんど同じ格好だ。
白のフリルがあしらわれた、春らしいワンピースである。
そりゃもう、ありえないくらいに可愛い。
今の一瞬だけで、周りの人間が何人もノックアウトされたとみて間違いない。
が、この状況だ。
「似合ってると思う」
と、俺が控えめに言ったところ、横で大きなため息が聞こえた。
もちろん、明日香のものだ。
俺も青葉も、そちらを振り向く。
明日香は帽子を深く被りこんで、目元を完全に隠す。その状態で放った一言目は、「きも」という一言だった。
「なに、そいつ。啓人、レンタル彼女でも使ったわけ? だっさ。あたしに振られたからって、そんなのに手出して。それで、あたしのメッセージ無視って。ウケる。どこまでこじらせてんの」
美人すぎる青葉は、地元では他校だろうが知っている人の多いプチ有名人だったが、明日香は知らないらしい。
ひどい悪口が後ろに続く。
が、俺はそれらを捨ておくことにした。
レンタルでも、彼女でもないのだが、ここで否定したってしょうがない。
俺はもうこれ以上、明日香と関わり合いになるつもりはないのだから、言うだけ無駄だ。
明日香のことだ。SNSに嘘っぱちを書き込まれる危険性も考えないではなかったが、それよりも。
明日香は毒を吐き始めたら、止まらなくなる。
それは付き合っているときからそうだった。
基本的には人当たりもよく、可愛げもあって、友達の多いタイプなのだが、裏では「あいつ、むかつくよね」なんて俺に愚痴をこぼしてきたことだって何度もある。
だから、ここで変に応じて、青葉に矛先が向く前にここを離れたかった。
俺は、青葉の手を掴むと彼女を連れて、さっさと立ち去ろうとする。
が、反対に彼女はその場から動こうとしなかった。
俺は勢いを止められて、後ろを振り返る。
手をぎゅっと強く握り返されたと思ったら、青葉は俺を自分のほうへと引っ張り寄せる。
そのまま腕を抱きしめるようにして、俺に絡みついてきた。
「ちょ、青葉さん……」
ワンピースが薄手なのがいけなかった、本当にダイレクトに胸が腕に押し当てられる。
ブラジャーの少し固い感触も、その奥に潜む魅惑の柔らかさも、そしてその全体から漂う甘やかな香りも、ほとんど凶器であった。
それらにいっぺんに襲われて、俺の身体は硬直する。
「あ、あ、あ、あなたがダーリンの元カノさん? ざ、残念だけど、もう私がもらったからね! 返さないからね!! いつまでも引きずってるのは、あなたのほうじゃないのぉぉ!? それに、その上からな態度、おかしいと思う!」
そこへ飛び出したのは、文字通りの爆弾発言であった。
青葉は顔を真っ赤にしていた。そのうえ、超大声で繰り出されたそれは、衆目を集める。ただでさえ、存在そのものが目立つ美少女が、青葉ひかりだ。
「……はぁ、ダーリン? なに言ってんの、あんたのレンタル彼女。おかしいんじゃない」
「レンタルじゃないよ、私。本当の本当に、恋人!」
いや、違うんだけど……。
思えど口にできないまま、
「なんなら今ここでキスだってできるもん!」
二つ目の爆弾が投下される。
これには、いよいよ周囲がざわざわとして、俺たちを囲うようにして人だかりができ始めていた。
中には、キスを期待してだろうスマホをこちらへ向けてくるような不届き者もいる。
ネットで話題に挙げられたりしたら、のちのち青葉が面倒な目に遭う可能性も出てくる。
それを思えば、こんなところで固まっている場合じゃない。
「いいから行くぞ」
俺は絡みついてくる青葉の腕から逃れると、反対にその手首を取り、今度は無理矢理、その場から引っ張り出した。
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