第42話 元カノとのエンカウント





――そして、数日後。土曜日の昼下がり。

約束の時間である十一時の約三十分も前、俺は待ち合わせをしたJRの上野駅構内にある銅像の前にいた。


前にここで待ち合わせたときは、やたら迷って、合流が遅れたこともある。

念には念を入れて、早い時間に家を出たら、今度は少し余裕を持ちすぎたらしい。


俺は大人しく待つこととして、スマホを取り出しSNSを流し見る。


するとそこへ、「デートの服装、髪型はこれでばっちり!」なんて記事が表示されて、なんの気なしにクリックしてしまった。

別にデートだと意識しているわけではないのに、だ。


書いてあった内容は大したことじゃなかった。

『清潔感が大事』とか、『場所によって服装は選ぼう』とか、当たり前のことばかり。

コーデも書かれているには書かれていたが、


『女子はこの春、フリルワンピースが勝負服!』


女子に関してのものだけだった。

それでも、自分の身なりが改めて気になって、俺はスマホをインカメラにして、髪型を整える。


そういえば高校生の時、明日香とデートに行くときもこんなふうにやたら気になったっけ。

と、いらないことを思いだしていたら、改札へ向かって歩いてきたその人とばったり目が合った。


「……あ」

「え」


お互いに声が出て、しばらく視線を交わし合う。

そこにはいたのは、今まさに顔を思い浮かべたばかりの人。


梅野明日香がいたのだ。

長い黒髪は、金色に染まって、カールがかかっていた。しかも、帽子をかぶっている。


が、それでも俺が元カノだと分かったのは、彼女の着ていたブラックスカートを見たことがあったのと、その鋭い目つきだ。


しばらく無言のまま、視線を交わし合う。

本当ならすぐにでも逸らして、気づかなかったふりを決めたいところだったが、もうそれも難しい。


「なに、その格好。だっさ。高校生みたい。っていうか、あたしとデートいってた格好だし」

「……関係ないだろ」

「どこいくの、あたしは池袋だけど」

「言わねぇ」

「あっそ、こっちは教えたのに」


あんな別れ方をしたのだ。

まともに会話する気にはなれない。


目的地が同じ池袋であることには驚けど、俺はそれを顔に出さないようにしてスマホへと目を落とす。


そうしつつ、早くどこかに行ってくれることを願うのだけれど……、彼女はあろうことか俺のすぐ横にもたれかかり、スマホをいじり始めた。


まったく嫌な奇遇だ。

どうやら待ち合わせ場所が同じということらしい。


いたたまれない空気だった。

俺は待ち合わせ場所を変えたいと青葉に連絡を入れるが、なかなか既読にならず、そこに留まり続ける羽目になる。


「なんで無視したの、メッセージ」


すると、次なる言葉の刃物が投げつけられた。


「……俺たちは、もう別れたんだ。いいだろ、別に」

「だからって無視はないでしょ」

「そもそも、金輪際関わるなって言ってきたのはお前だろ。メッセージごと消したっての」


さすがに、少し苛立ちが沸き起こって、俺は明日香のほうを振り向く。

彼女も、俺のほうを見ていた。


その額には深いしわが刻みこまれ、よく見れば、目の下には化粧で塗りつぶされているとはいえ、黒ずみが分かるくらいのクマができている、


明日香の垂れ流していたSNSの内容が思い返される。

たぶん推測だが、こいつはこいつで、色々と痛い目を見た後なのだ。それをこれ以上、俺が責め立てたって、しょうがない。


たしかに、酷い別れ方だった。

でも、一応はもともと好きだった人だ。

俺がどうこうできることではないとは思うけれど、不幸になってほしいとは思わない。


「……まぁ、なんだ。あんまり、ため込むなよ」


だから、これが今の俺にできる最大限の気遣いだ。


明日香が目を見開くのを最後にちらりと見て、俺はそれで待ち合わせ場所を離れようとする。

まだ青葉とは連絡がついていなかったが、後からでもすぐ近くならば問題ないだろうと考えたからだ。


ただ、行動には移せない。


「……ねぇ、啓人。待って」


どういうわけか手首を掴まれ、引き留められていたのだ。

明日香はいつもの鋭い目つきでなく、眉を落として懇願するような表情をしている。


この顔には弱い。

付き合っている時も、この顔をされたら、ついついわがままを聞いていたっけ。


「なんだよ、これ」

「……あのさ。別れる時、高校生活を楽しむために、啓人を利用したって言ったでしょ。あれ、本当。つまんないって思う時間も多かったし」


今さらなにを言い出すのだろう。

いぶかしむ俺をよそに、彼女は弱弱しい声で続ける。


「でも、今になって、そんな時間が大事だったのかもって気づいた。あの時は、大学に入って舞い上がってたの。高校までとは比べ物にならないくらい、みんなすごい華やかだし、自分もその世界に入りたかった。そのためには、フリーになりたかった」

「だから、なにを」

「いいから聞いて。どうせ、まだ彼女いないでしょ。ならさ、あたしたち今からもう一回――」


明日香がなにやら言いかける。

しかしそれは、耳慣れた声によって途中で遮られた。


「あ、もういる! 野上くん~」


……ちょうど、青葉ひかりがやってきたらしい。

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