第41話 放課後に菓子パを。




そして、青葉ひかりは本当に有言実行してみせた。

寝込んでいたのは、たったの二日。


水曜日には、もう風邪を治しきったのだ。


「本当にご迷惑をおかけしました!」


昼休み、メイン校舎の一階にあるラウンジにて。

青葉は、俺と今里さんの対面に座り、机に手をかけると深く頭を下げる。


それを見るや、今里さんはスマホを取り出し、青葉を連写しはじめた。


「青葉さん。今回の反省はどのように活かすのでしょうか、具体的にお答えください」

「……いや、記者会見かよ」


まったくもって読めない人だ。

俺はすぐにツッコミを入れるのだが、寸劇はそこで終わらない。

青葉は青葉で、こほんとわざとらしく咳払いをすると、


「えー、川に入ってしまった時はすぐに温かい格好に着替えるよう、努めていきたいと思っております」


この流れに乗ってしまったのだ。


「そもそも川に入らないような対策は練ることができないのでしょうか」

「善処いたします……!」

「具体的にお答えください」

「善処いたします……!」


あまりにも、どうでもよすぎる茶番であった。

それが一定時間続いたのち、俺はそこで待ったをかける。


「それで? 俺たちはなんで、ここに集められたんだよ」

「あ、そうだった」


青葉はそこでようやく本題を思い出してくれたらしい。

やたらと膨れ上がったかばんを机の上にのせて、そのチャックを開く。


そこに入れられていたのは、大量のお菓子だ。


「今回、二人には本当にお世話になったからね。家にあるもの、いろいろ持ってきたんだ。だから、これで菓子パしよ!」


本当に、なんでも揃っていた。

チョコレートもクッキーも、ポテトチップスも、羊羹みたいな和菓子まで、その種類は多岐にわたる。


これが全部家にあったってまじ……?

俺が少し顔を引きつらせていると、今里さんはちらりと左手首の裏につけた時計を気にする。


「あれ、もしかして時間なかった?」

「えぇ、まぁ。今日はこれですので」


彼女はそう言うと、目を瞑り、ろくろを回すような仕草をする。

今回ばかりは分かりやすい。


「んーと……お菓子作り?」


青葉はややずれた答えをするなか、


「茶道ってことか?」


俺は正解を確信して答える。

しかし、首を横に振られた。


「いいえ、今日は父のやっている会社のパーティに出ることになっています。そろそろ出立しなければなりません」

「それのどこが今の仕草になるんだよ」

「ごまをする、という意味です」


分かるわけがないクイズだった。

というかそれ以前に、急いでいたのに、記者会見まがいの茶番を繰り広げていたのかよ、とツッコミたい気持ちもある。


が、もはや要素が多すぎて言う気も失せていた。


「……このお菓子、少しもらって帰っても?」

「うん! たくさん持って帰ってよ。さすがの私も買い込みすぎたなぁって思ってたし」

「では、ありがたく」


そこから今里さんは急いでいるといったわりには、慎重に菓子を選ぶ。

食の好みが変わっていれば、お菓子もそう。

彼女は子どもっぽいスナック菓子などの駄菓子ばかりを厳選し、それらを鞄に詰める。


「では、今度は参加しますので」


と、足早に去っていった。


「ご令嬢さんって色々忙しいんだねぇ」

「……この前、青葉の家に行った日は、夜は華道の習い事に行ってたぞ」

「かどう……。歌の道? 歌劇ってこと?」

「違う、華だよ」


そう言いながら俺は、あまたあるお菓子の中から、栗まんじゅうを選び、口に入れる。

口の中が空になってから、


「で、どうする? このまま二人でやるか? それとも帰るか?」


こう聞けば、青葉は首を横に振った。


「本当は菓子パが終わってからにしようと思ってたんだけどね……」


そしてお菓子の詰まったかばんの底から取り出したのは、「池袋」と拍子にピンクの文字ででかでかと書かれた雑誌、いわゆる旅行情報誌だ。


「じゃーん、これを買ってきたの! 土曜日の予定、決めよ?」


青葉はそれを顔の横に掲げて、こちらへと見せる。


「それ、大学で開くには少し恥ずかしいな。「おのぼりさん」感丸出しだし」

「いいじゃん、実際「おのぼりさん」なんだから。私、東京のこと、まだほとんど知らないしね。それになんかさ。行く前からテンション上がるじゃん、こういうの見てると」

「……まぁたしかに」


周りの目なんて、気にしていてもしょうがないか。


俺はそう思いなおす。


……というか、今更の話なのかもしれない。

机の上にお菓子を大量に広げている時点で、若干注目されているし、そうでなくても青葉の美貌は人目を勝手に引いてくるのだ。


「それでね、気になってる場所があって――」

「もしかして駄菓子バーとか?」

「え。なんで分かったの!? ちょうど、晩御飯そこにしようって提案するつもりだったよ!?」

「いや、この光景見たら誰でも思いつくだろ。というか、お菓子食いながら喋るなって」


どうせなら今は、この場を楽しんだほうがいい。


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