第40話 治るじゃなくて、治すんだ。


「なーんてね。あは、ごめん。忘れて? わがままなこと言っちゃった。欲張りすぎだね、私。ただでさえ、もらったネックレスはなくすし、熱まで出して看病してもらって迷惑かけまくってるのに」

「……ネックレスのことはもう気にしないでくれって言っただろ」

「そうだけどさ。私がなくしちゃったのは本当だもん。迷惑かけるし、わがままだし、どうしようもないね」


乾いた笑いが、青葉の口から零れる。茶化そうとしているが、全然できていない。

どうやら、ネックレスをなくしたあの事件を、完全には振り切れていなかったらしい。


メッセージで何事もなかったかのように振る舞っていたのは、青葉なりの強がりだったのだろう。


それが今、熱で弱っていることもあってか漏れてきたのかもしれない。


なんでも口にして、そのままで誰もに受け入れられる天真爛漫な美少女。

なにも不自由がなくて、あらゆるものが揃っている、向かう所敵なしの絶対女の子。


昔はそんなふうに青葉のことを思っていたが、違う。


それは遠くから見ていただけで、近くに寄ってみれば彼女もまた一人の女の子だ。

当たり前だけれど、彼女だって、その内側でいろいろと考えている。


だが。


「どうしようもなくなんかない」


今回ばかりは、決定的に間違っている。そう断言できた。


「俺は青葉のこと、そんなふうに思ったことない。なんなら、青葉に救われてるとすら思ってる」

「嘘だ。他にも、いっぱい迷惑かけてる。ほら、夜中にアレが出たくらいで呼びつけたりもしたよ? 次の日はサボらせちゃったし。ほんとに最悪じゃない?」

「……それくらい、まったく気にしてない。それも含めて、俺は青葉のいない生活なんて考えられないんだって」


俺は、はっきりとそう言い切る。

それで、頭の中がすっきりとした。


そうだ、俺は青葉といる時間を楽しいと思っている。


ならば恥だとか、男が女を誘うとデートみたいだ、とか余計な事を考える必要はない。

さっきは、誰とこのチケットを使ってもいいと言ったけれど、俺が購入したときに思い浮かべていたのは、誰かと青葉の姿じゃない。


俺と青葉の二人で映画館に行く光景だ。


「一緒に行かないか? 治ったら、来週末にでも。他にどこを回るとかは考えておくから」


俺はまっすぐそう誘って、チケットを青葉の方へと再度差し出す。

今度も、すぐに受け取ってはくれなかった。


じとっとした視線がよこされる。


「……無理、してない? ほんとに私と行きたい?」

「してないっての。本当は最初からそのつもりだった、ちょっとした照れ隠しだ」

「…………ほんとのほんと?」


俺はただただ、何度も首を縦に振る。


「それは、その……嬉しい。……ありがとう」


青葉はどういうわけか、その段階になって照れたらしい。

前髪を引っ張りながら、頬を少し赤くする。


しかも見てみれば、一筋の涙がその瞳からは流れ出してきているではないか。


俺は慌てふためき、とりあえず中腰の姿勢になる。


「えっと。大丈夫か……?」

「大丈夫、大丈夫だよ。これは単に嬉しかっただけ、本当にそれだけだから大丈夫……!」


青葉は鼻を一つすすり、目元をぬぐう。

そんな調子になられると、俺としてはどうしていいものか分からない。


「えーっと。……来てくれるってことでいいのか?」

「うーん、えっと……」

「え。俺この流れで断られる、もしかして」


「違うよ。そうじゃない。ただ来週じゃなくて、今週末がいいかなって。楽しいことは早く来てほしいもん」

「……治るのかよ、それ」

「治るじゃなくて、治すんだ」


青葉はそうはっきりと言い切ったのち、やっとチケットを受け取ってくれる。


「野上君も暇でしょ、今週末の予定ないでしょ? 知ってるよ」

「なんで把握してるんだ……」

「ただの勘だよ。でも当たってると思う。だって、私と聖良ちゃん以外に友達いなさそうだし」

「いや、そんなことは……」


あるかもしれないけれども。

いずれにせよ、だ。


「まぁ、とくに今週末は予定ないな……」

「よかった! じゃあ、決まりだね。えへへ、楽しみだ」


まだ熱は下がっていないはずだ。それなのに、もうすでに元気になっている。

なんなら、俺にさえ力を与えてくれる。


そんな気さえする、会心の笑みであった。


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