第39話 誘ってほしいな?





その後は、とくになにごとも起こらなかった。

ちょうど食事時だったので、青葉の夕食に今回はおじやを用意して、俺も同じものをいただく。


昼はスプーンすら持てていなかった青葉だが、体調が少しましになったこともあろう。

今はもう、自分で食事をとることができていた。


とはいえ、熱を測ってみたら、まだ38度弱はある。休んでいたほうがいいに違いなかった。

食後、俺は部屋から出ようと身支度をはじめる。


そこでかばんの中身を見て、思い出した。

そういえば、青葉のためにと買ってきた見舞いの品があったのだった。


タイツを脱がせるというあまりにも衝撃的な経験をしたせいか、すっかり頭から飛んでいた。


「野上くん? どうかしたの?」


俺がかばんの中を見て固まっていると、青葉から声をかけられる。


「えっと、いや、別に」


とっさのことで、うっかりそう誤魔化してしまった。

が、しかし。これは言った側から後悔したくなる悪手だ。


完全にやらかしている。


今の流れでさらっと渡しておけばよかったのだ。

「なにもない」と言った手前、改めて切り出すのはかなり難しくなってしまった。



こういうときにさらっと渡せる人間がもてるんだろうなぁ、なんて。

俺は自虐的に思いつつ、その見舞いの品をかばんの奥にしまおうとする。


今日ではなくまたの機会でもいい。一度仕切り直そう、そう思っていたのだけれど、


「なにしてるの」


かばんを覗きこまれたことで、手元が狂った。

ついかばんを横倒しにしてしまい、都合の悪いことに中からは見舞いの品が飛び出してくる。


床の上を少し滑って止まったのは、チケットの入った封筒だ。

しかも表を向いて出てきたからそこには大きく、映画館の名前と「ペア特別チケット」である旨が書いてある。


……この一瞬で起こったことすべてが、悪い方に働いていた。

天井を見上げて、あちゃあと言いたくなる。


「これ、誰かと行くの?」


青葉にそう聞かれて、俺はとりあえず首を横に振る。


「違う、そうじゃなくて……。えっと俺はこれを青葉さんに渡すために買ってきたというか……」


事実なのだが、焦りすぎたせいだろう、我ながら言い訳っぽく聞こえる。

俺はそこで言葉を切り、ちらりと青葉の方へと視線をやった。


「私に?」


疑い半分、驚き半分と言ったところだろうか。


「あぁ、そうだよ。風邪を早く治すには、こう……なにか楽しみがあったほうがいいだろ。青葉さんなら、なにか物をあげるより、こういうほうが喜ぶかと思って。一人ではいかないだろうし、ペア券にしたんだ。別に誰とでも、今里さんとか友達でもいいから、治ったら見に行ってくれよ。今なにがやってるかは知らんけど、なにか一つくらい見るものあるだろ」


格好悪いことこのうえない流れだが、しょうがない。

これでも精いっぱい、俺は青葉にチケットを手渡す。とりあえずではあるが、一応渡すことができた。


そうほっとした矢先、それはゆっくりと差し返された。


まさか気に入らなかったのだろうか。

俺が目を見開き驚いていると、青葉は俯き、すだれのように垂らした髪で顔を隠す。


「……誘ってほしいな、野上くんから」


そして本当に小さく、こう呟いた。


「誰かとじゃなくて、さ。私と君でいいじゃん」


俺がその言葉の意味を理解し終える前、彼女は顔を上げる。

そして、へらっと笑ってみせた。

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