第39話 誘ってほしいな?
♢
その後は、とくになにごとも起こらなかった。
ちょうど食事時だったので、青葉の夕食に今回はおじやを用意して、俺も同じものをいただく。
昼はスプーンすら持てていなかった青葉だが、体調が少しましになったこともあろう。
今はもう、自分で食事をとることができていた。
とはいえ、熱を測ってみたら、まだ38度弱はある。休んでいたほうがいいに違いなかった。
食後、俺は部屋から出ようと身支度をはじめる。
そこでかばんの中身を見て、思い出した。
そういえば、青葉のためにと買ってきた見舞いの品があったのだった。
タイツを脱がせるというあまりにも衝撃的な経験をしたせいか、すっかり頭から飛んでいた。
「野上くん? どうかしたの?」
俺がかばんの中を見て固まっていると、青葉から声をかけられる。
「えっと、いや、別に」
とっさのことで、うっかりそう誤魔化してしまった。
が、しかし。これは言った側から後悔したくなる悪手だ。
完全にやらかしている。
今の流れでさらっと渡しておけばよかったのだ。
「なにもない」と言った手前、改めて切り出すのはかなり難しくなってしまった。
こういうときにさらっと渡せる人間がもてるんだろうなぁ、なんて。
俺は自虐的に思いつつ、その見舞いの品をかばんの奥にしまおうとする。
今日ではなくまたの機会でもいい。一度仕切り直そう、そう思っていたのだけれど、
「なにしてるの」
かばんを覗きこまれたことで、手元が狂った。
ついかばんを横倒しにしてしまい、都合の悪いことに中からは見舞いの品が飛び出してくる。
床の上を少し滑って止まったのは、チケットの入った封筒だ。
しかも表を向いて出てきたからそこには大きく、映画館の名前と「ペア特別チケット」である旨が書いてある。
……この一瞬で起こったことすべてが、悪い方に働いていた。
天井を見上げて、あちゃあと言いたくなる。
「これ、誰かと行くの?」
青葉にそう聞かれて、俺はとりあえず首を横に振る。
「違う、そうじゃなくて……。えっと俺はこれを青葉さんに渡すために買ってきたというか……」
事実なのだが、焦りすぎたせいだろう、我ながら言い訳っぽく聞こえる。
俺はそこで言葉を切り、ちらりと青葉の方へと視線をやった。
「私に?」
疑い半分、驚き半分と言ったところだろうか。
「あぁ、そうだよ。風邪を早く治すには、こう……なにか楽しみがあったほうがいいだろ。青葉さんなら、なにか物をあげるより、こういうほうが喜ぶかと思って。一人ではいかないだろうし、ペア券にしたんだ。別に誰とでも、今里さんとか友達でもいいから、治ったら見に行ってくれよ。今なにがやってるかは知らんけど、なにか一つくらい見るものあるだろ」
格好悪いことこのうえない流れだが、しょうがない。
これでも精いっぱい、俺は青葉にチケットを手渡す。とりあえずではあるが、一応渡すことができた。
そうほっとした矢先、それはゆっくりと差し返された。
まさか気に入らなかったのだろうか。
俺が目を見開き驚いていると、青葉は俯き、すだれのように垂らした髪で顔を隠す。
「……誘ってほしいな、野上くんから」
そして本当に小さく、こう呟いた。
「誰かとじゃなくて、さ。私と君でいいじゃん」
俺がその言葉の意味を理解し終える前、彼女は顔を上げる。
そして、へらっと笑ってみせた。
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