第35話 えっち。


そして、薬局から徒歩数分青葉の家につく。

エレベーターで、三階まであがり、角の部屋が彼女の部屋だ。


チャイムを鳴らすと、ややあってから、玄関の扉が弱弱しく開いた。


「二人とも。来てくれたんだ。ありがとうね」


寝間着姿のまま、マスクをつけた青葉が出てくる。

顔の小さな彼女だ。

マスクでその顔のほとんどが隠れてしまっていたが、それでも全体に赤みがさしていて、熱っぽいのは分かる。


「今、お昼休みだよね? 大丈夫なの?」

「……俺たちの心配はいいよ。今、少し上げてもらってもいいか。ほら、これ」


俺は、薬局の袋を掲げてみせる。


「食材も買ってきたから、なにか作っていくよ。朝から食べてないんだろ?」

「……うん、昨日の夜からなんにもね。ごめん、いろいろありがとう、野上くん……。聖良ちゃんも、ありがとうね」


青葉はそう言ったのち、俺たちを中へと招き入れてくれる。

二度目のお宅訪問だ。


前の経験があったから、いくら美少女の住んでいる部屋だからと言って、幻想はもうなかった。


「……芸術的ですね、これは」


今里さんが、こう評するほどの散らかり具合はやはり健在だ。異世界に迷い込んだとしか思えないくらい、服や下着がその辺に散乱していて、とても見目麗しい女子が住んでいる部屋とは思えない。


普段の青葉なら、ここで絶対に俺たちを追い出しているだろうが、今はそんな元気もないらしい。

すぐに、ベッドの上へと戻り、布団にもぐりこむ。


そんな青葉を横目に、今里さんは散らかっていたブラジャーのうち一つを手にする。

片づけてやるのかと思ったら、その裏地を見て、「E」と呟いた。


そののち、なにごともなかったように散乱する下着たちを集めはじめる。


「E」というのが、なんなのかは、わざわざ確認するまでもない。

間違いなくカップ数だね、うん。


「……えーっと。俺は先に廊下で調理してるから。青葉さん、少し借りるな」


このお嬢様は、少し危険すぎる。

俺は逃げ出すように、買った商品袋を抱えてキッチンへと向かった。


が、かばんの中にも商品の一部を詰めていたことを思いだして、すぐに取りに戻る。

するとそこでは、青葉のブラジャーを自分の胸に当てている今里さんがいて、ぱたりと目があった。


いや、なんでそんなことしてるんだよ……! とのツッコミは口に出せない。

俺は今里さんと、しばらく目線を交わす。


しばらくののち、彼女は真顔で呟いた。


「B。……負けた」


なんて器なのだろう、彼女は。羞恥心というものが欠如しているのかもしれない。


俺はともかく、キッチンへと移る。

鍋などは壁につけられたフックにかけられていた。


俺はそれらを拝借して、調理を開始する。

購入していたレトルトのごはんをレンジで温めながら、お湯を沸かして、温めたお米を投入した。


馴染ませるように一緒に煮込んでから加えるのは、今里さん一押しの食材、オクラとめかぶだ。

そこへ醤油を数滴たらして味を調え、ほぼほぼ完成したところで、今里さんがこちらへとやってきた。


「なにかやりましょう」


こう言ってくれるが、正直不安しかなかった。

が、もうほとんどの工程は終わっている。心配するような工程はない。


「えっと、じゃあ、たまごでとじてくれるか?」

「はい」


俺は彼女に卵二つを手渡す。

すると彼女はなにを思ったか、殻ごと放り入れようとするから、すんでで止めた。


「……違いましたか」

「うん、違う。割って入れてくれ」

「なるほど、それならそう言ってください」

「悪い……って、なんで俺が謝ってるんだよ、これ」


こんなやりとりをしつつも、鍋をかき混ぜて卵に火を通す。

こうして無事に、おかゆが完成していた。


具材が少しだけ変わっているが、味には問題はないだろう。


それを今里さんに運んでもらい、俺は水を入れて、部屋へと戻る。

一応、下着が散乱する光景は消えていた。それでも汚いことは変わりないが、それは回復してから片づけてもらえばいい。


「青葉、できたぞ。少しだけ、起きてくれるか?」


俺は青葉の枕元まで、水を運ぶ。

すると青葉はどうにか身体を起こそうとするが、少し辛そうだ。


今里さんが支えに入ることで、どうにか起き上がる。

俺は作ったおかゆをスプーンで軽く掬って、青葉の口元へと近づけた。


「口、少し開けてくれ」


といえば、彼女は目を瞑り、ほんのり口を開ける。

そのポーズは、まるでキスをするときのようだった。口から洩れる熱い吐息も相まって、俺はどきりとする。


……いや、待て、落ち着こう、俺。こんな時こそ大事なのは平常心だ。

病人相手によこしまな思いを抱いていいわけがない。

俺は心なしか熱い頬を覚ますため、ため息一つで邪念を払う。


「えっち」


が、まったく思いがけない不意打ちを隣から食らった。

つまり、今里さんから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る