第34話 薬局でもご令嬢はぶっとんでる。
♢
今里さんと一緒に、薬局にいる。一つのかごを持って、並んで買い物をしている。
一時間前には、考えもしない展開になっていた。
この薬局は、青葉の家のすぐそばにあるものだ。
ここまではタクシーに乗って、やってきた。
電車を使うと、乗り換えなども含めれば30分近く要するところ、道が空いていたこともあり所要時間は10分ほど。
まさしく、あっという間の到着であった。
うまくいけば、お見舞いの時間を考慮しても、午後の授業にも間に合いそうなくらいの時間だ。
が、誤算は買い物の際中に待ち受けていた。
「今里さん。そんななんでもかんでも入れるものじゃないって」
やはり、見立て通りのお嬢様だった。
彼女はとにかく目に入るものをなんでもかんでも、ほいほいとかごに入れてしまう。
そして、入れる商品ももうめちゃくちゃだ。
「……でも、このドリンクには『身体に活力を』と書いています。こちらの錠剤には『風邪や熱に効果がある』と。そしてこのタブレットには、『夜もみなぎる』と。すべて、風邪に効きそうだと思っていたのですが」
「いや、飲み合わせが悪いから、風邪薬と滋養強壮ドリンクは一緒に飲まない方がいいらしいよ」
あと、最後のタブレットに至っては全然違う。
『みなぎる』の意味をはき違えすぎてる。マムシや、すっぽんの粉末を固めた商品は、間違いなく違う意味の『みなぎる』だ。
俺はとにかく問答無用で、それらを棚へと戻す。
「なぜ風邪薬ではなく、そちらを戻すのでしょう。一本、五千円。他のものに比べて、かなりお高い値段設定です。きっと効果は折り紙付きのはずです」
すると、横手から顔を覗きこまれて、これだ。
まるでなんでも気になって「なんで」と聞いてくる子供みたいである。値段が高い=効果があると思い込んでるあたりも。
変に知識があるのも困りものだった。
物心がついてきた子どもに、「子どもってどうやってできるの?」と真剣な顔で聞かれて、「こうのとりさんが運んでくるんだよ」答えたら、「本当のこと教えてよ」と言われたときの親の気持ちだ、これ。
「あー、とりあえず熱が出始めたときは、まずは風邪薬のほうがいいんだよ」
「……なるほど、そういうものですか」
なんとかそれらしいことを言って、誤魔化す。
引き下がってくれたことに一度はホッとする俺であったが、よくよく見てみれば、その目的などを明白に書いている代物もある。
そんなものを、まだ一回食事をともにしただけのお嬢様女子と一緒に見ることになれば、このうえなく気まずい。
長い間ここにいては、藪から蛇をつつきかねない。
俺は急ぎ足で、今度は食品コーナーへと移った。
大きな薬局で、店内には食料品も充実していたのだ。
このコーナーで間違いないものといえば、決まっている。
熱を出しているときといえば、やはりおかゆや、カットフルーツが定番である。
俺がそれらを棚から取ろうとしつつ、一方でお嬢様が変なものをチョイスしないかと注視する。
が、意外なことにそのチョイスは結構に無難だ。
ヨーグルトに、みかん、それにいかにも身体に優しそうなわかめスープ。
どれも、俺が想像できるものとかけ離れてはいない。
逆の意味で、不意をつかれた。
「なにか間違っています?」
「いいや、そうじゃないよ。むしろ大正解だ」
さすがに熱の時の食事は、変わり者お嬢様とて、庶民と変わりないらしい。
俺はほっと一息つきつつ、おかゆを数種類カゴに入れる。
が、それはすぐに棚へと戻されてしまった。
「……なんでだよ」
「作ってさしあげましょう。きっとそのほうがおいしいものが出来上がります」
「たしかに、そうかもしれないけどさ」
「ですから、材料を買いましょう。粘り気を出すためにもずくやめかぶ、とろろ、オクラなどをトッピングするのはいかがでしょう」
……やっぱりねばねば推しかよ!
材料はツッコミどころ満載ではあるが、まぁ別に悪い提案でもない。
青葉にキッチンを借りて作れるなら、たしかにそっちのほうが美味しいものはできる。
俺はそう考えて、彼女の案に乗る。
そうして材料を買い進めていった。ベースはたまごのお雑炊にすることにして、ネギや白菜、そしてフライパンにフライ返し、さらには雪平鍋までをカゴに入れて――
「いや、待て。これ、いらないだろ!」
「家にないかもしれないと思って」
「そうかもしれないけど! これ、あったときはどうするんだよ」
「……お見舞いの品としてプレゼント?」
やっぱり、ずれている。
庶民そのものの俺には理解しがたい思考回路が、彼女の脳内で動いている。
俺はそれらを、再び棚に戻していく。
そんな攻防を繰り広げたせい、やや時間を要したが、いったん料金は俺が支払う形で、どうにかお会計を終えた。
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