三章

第33話 ご令嬢さんとお見舞い?


それからしばらくは、まだ落ち込んだ様子の青葉だったが、ひとしきり泣いたこともあるのだろう。だんだんと、元の調子を取り戻してくれた。


「あ、あの猫。この子の親じゃないか」

「……そうみたいだね」


子猫を迎えに、親猫がやってきたのも幸いした。

助けたお礼だろうか、頭をすりつけてくる猫二匹と戯れる。


さすがに時間を食いすぎた。

彼らが去ったのち、動き出そうとする俺たちであったが……


「うげー、全然乾かないね」

「まぁ夏ならまだしもな。この季節じゃ厳しいんだろうな」


そういえば、びしょ濡れのままであった。

いくら、袖を絞ったとはいえ、乾く気配はまったくない。


それに風が吹けば、ひんやりとした感覚が肌を襲い、寒気が身体をふるわせる。


ボランティアの続行はもはや不可能だった。

そこで俺は長野会長に連絡を入れて、事情を説明する。

そうして、みんなよりも少し先に上がらせてもらうことになった。


ごみを既定の場所に置いてから、俺たちは山を出る。

最寄り駅にあった某服飾チェーン店で新しい服を買って、その場で着替えを済ませ、おのおのまっすぐ家へと帰った。


すぐにでも、お風呂に入ったほうがいいという判断だ。


『ね、関西で会うのはいつにしよっか』


その日の夜、青葉からこんなメッセージが届く。

そういえば、予定を決めないまま話が流れてしまっていたのだったっけ。


『俺はいつでもいいよ』

『じゃあ、全部!』

『いいけど』

『あー、だめだめ。ほんとは家族とか友達に会う時間もあるし!』


なんてことないやりとりを交わしつつ、俺はほっと一つ息をつく。

この分なら、もう全然気にしていないようだ。いつもの青葉ひかりである。


俺はそう安心していたのだけれど、しかし。

一日休んで月曜日、大学に行けば、青葉ひかりは講義に来ていなかった。


お決まりになっていた中央付近の席に、彼女の姿はない。

そこにいるのは、眠りの不思議姫・今里聖良のみだ。今日もすでに、すやすやモードに突入していて、机につっぷしている。


俺は一つ開けて、その隣に座り、青葉の席を確保するため、真ん中に荷物を置く。

それからすぐにスマホを取り出した。


まさか、実はまだ負い目に感じていたりするのではなかろうか。俺に会うと、気まずいと思っているのではないか。

あの地元での遊びの誘いも、実は気を遣っただけだったりして……


俺はわき起こってくる色々な想像から、何度か文面を打ち直す。


『講義、来ないのか?』


その末に、送ったのはこの短い文だ。

これなら、変なふうに捉えられることもない。そう思いながらも、やきもきとしていたら、スマホが短く震える。


『ごめん、熱出ちゃったみたい。今日は休む~( ;∀;)』


……どうやら風邪を引いてしまったらしかった。

着替えたとはいえ、長時間濡れた状態でいたのが、身体に障ったのだろう。








放っておくことはできなかった。

実家にいたときならば、「お大事に」の一言で済んでいた話なのかもしれない。


しかし、今の青葉は一人暮らしだ。

熱で動けなくても、世話をしてくれる人は誰もいない。その状態は考えてみただけで、かなり辛い。


『見舞いに行こうか』


またしても色々と頭を巡らせた末、俺は短くこう送る。

すると、「お願いします」と頭を下げるクマのスタンプが返ってきた。


『でも、授業が終わってからでいいよ、そこまでひどくないから』


そこへ、こう付け加えられる。

本当にひどい症状なら、こう早くメッセージを送ることもできない。たぶん、軽症だというのは嘘ではないのだろう。


俺はひとまず落ち着いて、授業を受ける。

眠る今里さんを横目に、きちんとノートを取っていたら、昼休みを告げるチャイムが鳴った。


……が、この子ときたら、やっぱり丸まり続けている。

これはこれで放っておけない。俺は全員が出て行くまで起きない彼女の肩をちょんとつつく。


「昼休みだぞ、今里さん」


すると、彼女はぬらりと顔をあげた。

今日も乱れ放題の髪の毛に、眠気眼のまま呟く。


「お昼。ランチを食べに行きましょうか」

「……それって、俺に言ってる?」

「はい。野上さんに。あと、青葉さんにも……あれ。彼女はどちらに?」

「いないことに気づいたの今かよ。睡眠深すぎるだろ。今日はいないんだ、熱出したみたいで家に籠ってる」

「……なるほど」


いったいどんなふうに生きてきたら、こうなるんだか。俺はとりあえず席を立ち、彼女が荷物を纏めるのを待つ。


「野上さん。あなた、家はご存じで?」


そこへ唐突に、こう尋ねられた。


「あぁ、まぁな。あとでお見舞いに行くつもりだったから」

「わたしも行っていいでしょうか。今からお見舞いに行きましょう」

「いや、でも青葉は授業終わりでいいって言ってたし……実際、行ってたら三限に間に合わないし」

「では、タクシーを使えばいいでしょう」

「……いや、そんなお金」

「そこはお任せください。わたしがチケットを持っておりますので」


それは、まさかすぎる提案であった。


俺は混乱した末、取り急ぎ、青葉に連絡を入れる。


『今里さんも一緒に行ってもいいか』


すると、またしても「お願いします」のクマが送られてきた。



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