第30話 私は野上くんに会いたいんだ。


人数の確認と注意事項等の説明を受けたのち、俺たちはボーリングの結果で決まった一人二組に分かれた。

ごみ袋やトングを受け取ると、さっそくそれぞれのグループごとに山への移動をはじめる。


担当する区域は、長野会長らによって、すでに決められていた。


俺と青葉が任されていたのは、道路から山へと入ってすぐの川沿い付近。

説明を受けた駅の構内から数えても、約二十分ほどしか離れていない。


「……なんか、山登り感がない……!」


と、二人きりになったところで青葉が言う。


「そもそもそれが本来の目的じゃないからなぁ。たぶん、先輩たちが配慮してくれたんだろ。一年がいきなり上に登るのも危ないってな」

「でもでも、私たちにしてみたら、これくらい序の口じゃん? 地元が山のほうだったわけだし、慣れてるのに」


たしかに実家を考えてみれば、すぐ裏手にこれくらいの山ならあった。

昔からインドア派の俺はともかく、近所の奴らは結構、このあたりで走り回っていたっけ。


「昔は結構、こういうところで遊んだなぁ私。虫とか捕まえてさ」

「意外だな、それは。虫とか苦手だと思ってた」

「今はもう全然無理だけどね。今回はばっちりこれも持ってきたし。山には必須だよね」


と、青葉がかばんから取り出すのは、虫よけスプレーだ。


「久しぶりに見たなぁ、それ。来る前にかけておけばよかったのに」

「あはは、今の今思い出したんだよ」


よほど寄せ付けたくなかったのだろう、青葉はそれを自分の身体に遠慮なくふきかける。


すると、鼻がつんとするような独特のにおいがあたりに漂った。

決していい匂いではないが、なんとなく懐かしい気もする。なんて俺が思っていたら、そのノズルの先がこちらにも向けられている。


反対の手では、かちかちとごみ拾いトングを鳴らしていた。


「野上くんもかけるでしょ? 今ならなんと、無料でお試しできるよ」

「なんだよ、その怪しい行商みたいな売り方……」


そう思いつつも、俺だって虫大好き人間ではない。ただ、少し耐性があるだけだ。


「じゃあ頼む」

「はいはい、お任せあれ! じゃあ、両腕広げて?」


青葉は俺の周りをくるくる回りながら、スプレーを吹きかける。

これがまた、結構にこそばゆい。首筋を這うような感覚に、俺は肩を縮こめた。


それがどうも面白かったらしい。

青葉はスプレーを少し吹きかけるごとに、俺の顔を覗きこんでくる。


「……小学生かよ、おい」

「あはは、ごめん、なんか楽しくなってきちゃって」

「物で遊んだらいけないって、お母さんに習ったろー」

「習ったねぇ、でもここにはお母さんいないし」


青葉は、楽しそうに笑いつつも、そこでスプレー缶をしまう。


そのすぐあと、彼女は少し先に見えていた日だまりの方をさした。


「あ、ここ! 中学校の裏山に似てるよ。ごみステーションの裏のところ! 分かる?」


そっちに向かって早足になる。

まったく忙しいこと極まりない奴だ。まぁそれこそが彼女らしさなのかもしれないが。


なんとなく祖父の家にいる犬みたいだなぁと思いつつ、リードに引っ張られるようにして、そのあとについていってみれば、そこには小さなベンチも置いてあり、両側には小さな道も続いている。


どうやら、ハイキングコースの一部らしい。

青葉はベンチの背もたれに手をつき、前屈みになると周りを見渡す。


「おー、この感じ、ほとんど一緒かも。まぁここからじゃ、景色が見えないんだけどねぇ」

「裏山にそんな場所があったのか?」

「うん。って言っても、私も連れていかれたときに一回見ただけだけど。有名な告白スポットだったみたいだよ」


そう言われましても。

クラスの人間関係とほぼ無縁だった俺にそんな記憶はない。


告白スポットなんてあったんだね、うちの学校。

完全に初耳だ。


「そこで告白されたって話?」

「違う、違う。……まぁその一回行ったときに、急に告白されたのはそうなんだけどね。グループみんなで登ってたはずなのに、急に他の人がいなくなってて……」

「そういうタイプのやつか」

「うん。たぶん、最初からみんなで打ち合わせてたんじゃないかな。まぁお断りしたんだけどね。そういうの、なんか卑怯じゃん? 勝手に外堀を埋められる感じ。それに、その人のことも友達にしか思えなかったし」


まぁ、うん、言いたいことは分かる。

どうせ告白するならもっと正面から、と言いたいのだろう。保険をかけたくなるその男の気持ちも、分からなくはないけれど。これだけ綺麗で可愛い奴相手ならなおさら。


なんて、他人ごとのように考えていたら、


「ねぇ、地元に帰ったらさ。一緒にいかない?」


思いがけもしないお誘いを受けた。


「え」


うっかり、なにも考えられないまま声が出る。

それで青葉は、あわあわと手を動かし始めた。


「あぁ、えっと、その、違うから! 告白スポットにいきたいってことじゃなくて。それはもう中学生でおわりっていうか。そう、単に景色がいいから!! 久しぶりに行きたいなぁと思ったの!」


懸命な弁明がなされる。

が、それを勘違いするほど馬鹿じゃない。俺があっけに取られていたのはそこじゃなくて、


「地元でも俺に会うのかよ」


ここだ。


「青葉さんなら、たくさん友達がいるだろ。俺にはこっちで嫌でも顔合わせるじゃん」

「んー、たしかに友達はいるけどさぁ」

「けど……?」

「だって私は野上くんに会いたいんだ。場所は関係ないよ。それじゃあ、だめ?」


向こうでしか会えない人に会ったら、とか、会いたがってる人たくさんいるだろ、とか。


言おうと思っていたことのほとんどを一気にかき消す一言であった。


場所は関係ない。たしかにそうだ。


にかっと笑う青葉を見つつ、会いたいか会いたくないか、シンプルにそれだけで考えたら、答えはおのずと出てきた。


「……だめじゃない」


彼女と過ごす時間は、居心地だっていいし、飽きることもない。

ならば断る理由は、ひとつもなかった。


それに、俺はみんなに引っ張りだこになるほどの人気者じゃないから予定はほぼほぼがら空きである。


「むー、なんかあいまいな感じ。正直に、私に会いたいって言え!」

「あのなぁ」

「あはは、ちょっとした冗談だよ。じゃあ約束ね! 予定決めちゃう? 善は急げって昔から言うでしょ」


「いいけど、またあとでな」

「どうして? 本当は会いたくない?」

「違う、そうじゃなく……まだ一つもごみ拾ってないからだよ」

「……あー」


口を開けた青葉の言わんとすることは無言でもわかる。

言われてみれば、の顔だ。それがすぐに、どや顔へと変わる。


うん、なんて分かりやすい。


「あ、いいこと思いついたよ、私! 私、お菓子持ってるからそれを食べたゴミを入れればいいんじゃ」

「いや、俺たちがゴミ生み出してどうするんだよ……」


俺は、まだまだ空っぽのゴミ袋に目を落とす。

このままではボランティアじゃなくて、本当にただの山登りになってしまう。


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