第29話 サークル内で公認カップルになってしまっている件


その日は、朝から綺麗な快晴であった。

雲一つない空にその存在を強く主張して輝く太陽は、さんさんと照り付けて、長袖では少し暑いとまで感じる。


絶好のお出かけ日和だった。


そこに土日であることも重なってか、上野駅構内はかなり混雑している。

そんな人ごみの中、俺が探すのは青葉の姿だ。


『なんかオブジェの前にいるよ!』


とのアバウトなメッセージのせいもあり、その姿はなかなか見つからない。

上野ともなれば、いくつかオブジェぐらいあったりして……と疑心暗鬼になる。


別の場所を探してみようかと移動しかけたとき、それはちらりと映った。

四葉のクローバーのネックレスだ。


無事に青葉と落ち合う。

彼女は少しむっとしたように、唇を尖らせていた。


「もう、野上くん。今一瞬、通り過ぎようとしたでしょ?」

「いつもと格好が違いすぎたんだ、仕方ないだろ。それに帽子まで被られたら、分からないっての。ネックレス見て、やっと気づいた」

「それでも気づいてほしかったけどね。まぁたしかにちょっとボーイッシュすぎるかなって気もしてる。山に行くからって気合入れすぎたかな」


青葉は、灰色のパーカーの裾を伸ばして見せながら、自分の格好を見る。


初心者には、お手本のような山コーデであった。

彼女は、紺のタイトジーンズに、つばつきの帽子、そしてリュックと、誰でも揃えられるアイテムで身を固めている。


見た目より、動きやすさを重視した服装だ。

肌の露出だって極端に少ない。


が、そんな格好であっても決して褪せないのが彼女の魅力だ。

さっきから通行人が何人も、こちらを振り返っている。


高身長イケメンに至っては「ナンパしてぇ」なんて呟いていたが、当の青葉はそんなものは一切気にしていないようで、


「でも、ネックレスつけてきてよかったよ。これがあれば、遭難しても野上くんが見つけてくれるね」


ネックレスを肩口まで持ち上げて、俺に微笑んで見せる。


青葉を家に泊めた日から約二週間が経過していた。

あのとき渡したネックレスは、宣言通り青葉が使っている。この二週間も結構な頻度で見かけた。


それを今日のようなサークルイベントでも使ってくれているのは、ありがたい話だ。

たぶんこうやって、記憶は塗り替わっていくのだろうと実感できている。


「馬鹿な事言ってないで、行くぞ。ここから電車で一時間は行かなきゃだし」

「だね! えっと何番線だっけ。さっき見てたんだけど忘れちゃった」

「線路が多すぎるもんな、しょうがない」


俺たちはそれぞれスマホを片手に、調べながら改札へと入る。

少し迷いはしたが、電車へと乗り込んだ。




サークル全体での集合は、ごみ拾いをする山の最寄り駅前であった。

俺と青葉が駅に着いた時には、もう結構な人数が集まっている。


少し離れたところにいる段階で、同級生らと目があい、俺も青葉も手をあげた。

それぞれ男子グループ、女子グループの輪に自然と別れて入っていく。


「遅いじゃねぇかよ、一年はもっと早く来て待機しておくもんだぜ~、普通」


とは、ボーリング大会の時にデッドヒートを繰り広げた相手である林だ。


「なんだよ、その一時代前の先輩ムーブは」

「はは、分かるか? 剣道部の先輩にいたんだよ、そのやべぇことを言いながら」


彼はそう言うと、急に肩を組んでくる。

そこまで親しくしてきたわけでもない。サークルくらいでしか会わないから驚くべき馴れ馴れしさだ。


「しかし、仲いいなぁ。今日はなんだ、お家デートのあとにきたのか」


……本当に、無神経なやつである。


「そんなことないって。ただ駅で集まってから来ただけだ」

「ま、そういうことにしておいてやる。でも、そろそろ彼女じゃないって言い訳はきついんじゃねーの」

「別にそういうのじゃないよ。単に学科も同じだし、地元も一緒ってだけだ」

「ふーん。雰囲気的に、てっきりもうお泊りデートくらいしてると思ってたけど、なんだ奥手だなぁ」


林という男はただの馬鹿のように見えて妙に鋭い。

その言葉には、他の同級生たちも、「いいなぁ」「なんて幸せ者だよ」「ちょっとでいいから分けろ」と好き勝手言う。


が、俺がそれ以上なにも話さないでいたら、話は自然と切り替わった。


どんな服を着てきたとか、なにを持ってきたとか、まるで校外学習前のような会話を交わす。


そんな折にふと、聞こえてきた。


「へぇ、ひかりちゃんはそんな感じで来たんだ。結構シンプルだけど、可愛いねそのネックレス。四葉のクローバーって、きらきらしすぎてなくて、ちょうどいいじゃん」

「でしょ? 野上くんがくれたんだよねぇ、センスいいよね」

「へー、たしかにいいかもね。野上くんが……って、え!? 野上くんが!?」


素っとん狂な声をあげたその女子同じくらい、俺もびっくりだった。


完全なる、流れ矢だ。やっと窮地を切り抜けたと思ったらその先で、頭をすこーんと射抜かれた、

さらっと言うには、あまりにもな爆弾発言だ。


「ちょ、ちょっと詳しく!」


女子たちの輪がさらに小さく固まり、ひそひそ話の様相を呈し始める。傍から見ていても、彼女らがわくわくしているのが伝わってくる。


その一方で、男子グループのほうはといえば、


「おい、野上。今の、マジ? マジならなんにもないって大嘘じゃん」

「そういうのはよくないと思うなぁ。どうせあっちも話してるし、僕らにも聞かせてくれよ」


……まったく平和ではない尋問会に発展しようとしていた。

全員が腕組みをしながら、じりじりと寄ってくるから、普通に怖い。


決して逃してはいけないという圧すら感じる。


「みんな、落ち着こうぜ、一旦。な? よし、じゃあ経緯を聞こう、野上被告」


林がそれをとりまとめて、俺の腕をがしりと掴んだ。

俺は少し逃れようと試みるのだけれど、


「元剣道部なめてもらっちゃ困るぜ。こっちは竹刀さんざん握ってきたんだ」


それも阻まれてしまった。

帰宅部にはどうしようもない握力だ。


「……なんにも罪を犯した覚えがない場合は?」

「でも、ネックレスには覚えがあるだろ? さぁ吐け、吐いて楽になろうぜ、な?」


俺は追い詰められて、一応ネックレスをあげたことだけは認める。

だが、あくまで持っていたものを譲っただけだとそれ以上のことは言わない。


「え、お泊りじゃん!」


が、青葉がぽろぽろと情報を漏らすから困った。

俺はそれについても最低限だけの説明で茶をにごす。


「よし、時間だ。大方揃ってるみたいだし、点呼はじめていくぞ!」


そうしていたらやっと、長野会長からの号令がかかった。


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