第28話 元カノからのメッセージを削除する。
が、しかしだ。
眠れるわけもなかった、普通に考えて。
同級生の女子が、それも青葉ひかりがすぐ隣で眠っている。
その強烈な事実は、ついつい意識してしまう。なので、どうにかこうにか頭をからっぽにするよう努めていたら、
「なんか、布団から野上くんの匂いがする」
ベッドの上から、その努力を台無しにするような一言が降ってきた。
もはや災害である。
「な、なにを言ってんだよ!」
俺は思わず身体を起こして、ベッドの上を見上げる。
青葉はといえば横向きになって、気持ちよさそうに目を瞑っていた。
すんすんと鼻を動かしているあたり、とんでもないことを言っている自覚はたぶんない。
「本当のことだもん~、シャンプーの匂いとかなのかな」
「……知らねえよ、そんなの。今は青葉さんも同じ匂いだろ」
「あ、たしかに。でも、なにか違うんだよねぇ」
すんすんと鼻を鳴らす彼女の無自覚さに呆れて、俺はもう一度布団を被り直す。
これに付き合っていたら、メンタルがもたない。
今度こそ、なにが起きても絶対に寝る。鉄の心で、この無自覚悪魔との勝負に勝ってみせる。
そう誓うのだけれど、
「ねぇ」
「……なんだよ」
話しかけられたら、やっぱり答えてはしまう。
「明日のお昼はなに食べよっか」
「……随分気が早いな。お腹でもすいたのかよ」
「あたりだ〜、でもこんな時間に食べちゃまずいことはわかるから、明日のことを考えようと思ってね」
「あー、やっぱり食堂が無難か?」
「まぁそうだよね。いろいろお店巡りもしてみたいけど、まだいいかも。それに、聖良ちゃんにもまた逢いたいし。巣ごもりオクラくれるもん」
「おいおい、そっちが目的になってんじゃねぇかよ」
「あは、冗談だよ~、あぁいう面白い子ともっと仲良くなりたいじゃん? 色んな人がいてこそ、東京の大学って感じがするし」
「まぁ分かる。地元の大学に行ってたらまずいなかったろうな」
「かもね。狭い関係もそれはそれで楽しいんだけど、また別だよね。色々と面倒くさいことも多そうだし、というかあったし」
「……それは男女関係とか?」
「踏み込むなぁ」
「踏み込ませたんだろ」
「ま、そういう面もあったかもね。よく、いがまれたりもしたよ、いーって」
「中学の時はそんなふうに見えなかったけど?」
「まぁ表面上はねー」
会話は、とめどなく続いた。
もう終わったほうがいいとも思うのだけれど、それが惜しいと思う気持ちもあって、やめどきが見つからなかったのだ。
たぶんそれは青葉も同じなのだろう。だから、頭は大して回っていないのに、口はほとんど勝手に回り続ける。
話題を考えなくとも、勝手に話が転がる。
こんな時間もたまには悪くない。そんなふうに思いながら話に興じ続けて――
はっと気づいたときには、窓から日の光が漏れてきていた。
俺は飛び起きて、枕元に置いていたスマホで時間を確認する。
……なんということだろう。
朝どころか、昼すぎだ。もう時刻は13時を回っている。
俺はとにかく慌てて、ベッドの上を振り返る。
青葉はまだ、すやすやと寝息を立てていた。
被っていたはずの布団は、足元に落ちており、ジャージも暑かったのか少し胸元が開いている。
「朝だぞ、というか昼だ」
目を逸らしつつ、俺はこう呼びかけてみるが、それくらいで起きてくれたりはしない。
かと言って、眠っている無防備な状態で、勝手にその肩や腕に触れるのもいかがなものか。
そこで、俺は部屋を見渡し、立ち上がる。
そして、ベランダにつながる大窓のカーテンを開け放った。
目の前にもマンションがあるとはいえ、一応は南向き。
この時間は、高いところにある太陽から、かなりの光を取り込める。
そう踏んだのだけれど、せいぜい、むにゃむにゃ言わせるのが精一杯。
彼女の安眠が解けることはなかった。光から顔を背けるように丸まりながら、
「もうちょっとぉ」
寝言まで言い出す。
「どれだけ安心してんだよ、こいつは……。俺のこと信頼しすぎだろ」
俺はその顔を見て脱力し、布団に座り込む。
少し考えたのち、彼女に毛布をかけ直してやると、自分も寝転んだ。
どうせ今から授業にいっても、四限だけしか参加できない。
授業を休むのは大学生の特権だと、ネットの掲示板に書いてあるのを見たこともある。
青葉が起きたら、G退治の後処理という大仕事も待っているのだ。
ならば今日くらいは休んでも許されるはずだ。
俺は枕元でうつ伏せになり肘をつき、スマホいじりを始める。
画面を開くと、まず明日香からのメッセージが目に飛び込んできた。
昨日はここで散々迷ったけれど、俺はそれを既読をつけないままあっさり右へスライドして削除ボタンを押す。
これをしてしまえば、これまで数年かけて積み重ねてきたトーク履歴も、アルバムに保存していた写真もすべて見られなくなる。
が、もう迷うことはなかった。
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