第27話 元カノへあげるはずだった物。
♢
「上がったよ~、あと服借りてるね」
風呂から上がった青葉は、上下ジャージ姿になっていた。
これまでと違って、その格好に隙はない。別に腰回りが緩くて、下着が見えてしまっていたりもしない。
ただそれでも、高校のころから着古している馴染みの服をド級の美少女が萌え袖、だぼだぼの状態で着ているのは、それはそれでかなりの破壊力である。
俺はなんとなく直視できず、
「ベッド使ってくれていいから」
そそくさと脱衣所に入る。
明らかに、いつものペースは崩れていた。
俺はわき起こってきてしまう煩悩の類を祓うため、冷たい水の栓を一気に捻ると、頭の上からそれを思いっきり浴びる。
そのせい一人で凍えるという、馬鹿な自業自得をやってから、シャワーを終えた。
一応無駄だったわけじゃない。それなりの効果はあって、頭はすっきりしていた。
俺は平常心を取り戻して、リビングへと戻る。
「……あ」
青葉は俺が小物などの置き場にしていた、小さな収納棚の前にしゃがんでいた。
そしてその手には、箱に収められたネックレスが握られている。
細かく小さな丸を繋いだそのチェーンの先に、四つ葉のクローバーの飾りがついたそれには、よく見覚えがあった。
元カノである明日香へのプレゼントとして購入していたものだ。
「ご、ごめん、わざと開けたわけじゃないの。手鏡借りようと思ったら、置いてあった箱を肘でついちゃって、それで蓋が開いたというか……!!!」
青葉は身振りを交えてそう弁明する。
が、明日香からメッセージが来たばかりだったこともあり、俺はそれに対して、すぐには反応できなかった。
目を丸くする俺を前に青葉はやがて、「あー……」と言いながら、ぐるぐると無駄に回していた手を下ろす。
「えっと、これって、その。前の彼女さんにあげるつもりだったもの?」
「……うん。入学祝いとして買ってたんだ。入学式の時に渡しそびれて、そのままになってる。それ、そんなところに置いてあったんだな」
「なるほど、そういうことね。ごめん、古傷えぐっちゃった」
「いや、いいんだよ。そもそもそこに置いてた俺が悪い。というか、別に傷ついてもない。もう気にしてないからな」
それより、どちらかと言えば驚きのほうが大きい。
そんな目に見えるところに、明日香に渡そうとしていた物があるとは俺も思っていなかったのだ。
なんならネックレスの横、なんのきなしに置いていた「東京→大阪」の新幹線チケットだって、「どうせ帰るから」と東京にくるタイミングで明日香と一緒に買ってきた。
そうして改めて思えば、持ち物ではなくても俺の生活の中に明日香の記憶が残るものは多い。
青葉にお茶を出したときの色違いカップだって、明日香と一緒に買ったものだし、服類だって、高校の時に彼女と買いに行ったものはいくつもある。
新しい家だし、明日香が来たのはただの一度きりである。
だから、捨てるほど思い出の品もないと思っていたが、実は身の回りのほとんどのものにその記憶は残っていたらしい。
「これは、明日捨てるよ」
俺は青葉の手からネックレスを取りあげて言う。
他のものはともかく、ネックレスは使い道もない。高校生が背伸びして買った程度のもので、とくに高級品というわけでもないから、未練がましく持っていたってしょうがない。
明日香だってもう、こんなものを必要とはしていないはずだ。
我ながら、潔い決断であったと思う。
一緒にRe:青春を掲げる青葉ならば、きっと賛同してくれる。
「……もったいない」
そう思ったのだけれど。
「え」
「もったいないよ、捨てるのは。これ、結構可愛いじゃん。クローバーのあたりとかとくに! しかも全然きれいなままだし。ね、これ、捨てるなら貰ってもいい?」
まさかのおねだりが飛び出したので、俺は戸惑いを隠せない。
「嫌じゃないか、普通……。他人の元カノにあげる予定だったプレゼントなんて、どれだけ可愛くても使いたくないだろ、普通。変ないわくがつくかもしれないぞ」
「まぁそこだけ聞くとねぇ」
「じゃあ、なんで」
「だってほら。四つ葉のクローバー! 幸運をそのまま捨てるなんてことしたら、むしろ悪運がついちゃうよ」
「……でも、青葉さんがつけてるの見るたびに、俺がいろいろと思い出すことになりそうなんだけど?」
「それなら、思い出を塗り替えればいいんだ。私が使ってれば、きっと思い出さなくなるよ」
塗り替える。
その一言には、頭を雷で打たれた。
凡人の俺では考えつきもしない、彼女ならではの考え方だ。
忘れるためには捨てるしかない。そう思い込んでいたが、新たな選択肢を提示されたうえで考えると、たしかにもったいない。
高校生だった俺にしては奮発して買ったものなのだ。それなりに思いも込めていた。
再利用してもらえるのなら、それもいいのかもしれない。
「やるよ、こんな物でよければだけど」
「ほんと? やった〜、嬉しいかも!」
青葉はにっと笑うと、俺の手からネックを取り上げる。
フックを外してそれを首元につけると、胸元でそれを揺らして見せた。
「どう、似合うんじゃない? 最初から私が使うために買ってたのかもよ、野上くん」
彼女は元来高い鼻を少し上向けて、得意げにして見せる。
可愛いは、可愛い。
が、それはあくまで素材がよすぎるだけで、ネックレス自体は絶望的に似合ってはない。
俺が首を横に振ると、
「な、なんで!?」
と青葉は動揺の声をあげた。
「だぼだぼのジャージのせいだよ。それ着たまま似合うのって、金色のごつごつネックレスだけだろ」
「あー、たしかに……。地元のヤンキースタイルだね、これじゃあ」
「そういうこと。青葉さんには向いてないよ」
「……むー。じゃあ、明日のお楽しみってことで! まぁとっくに今日だけど」
青葉はネックレスの紐を指先で巻いて、箱へと戻す。
「これなら忘れないね」と呟きつつ畳んでいた服の上に丁寧に置いた。
「なら、そろそろ寝るぞー」
俺はそこへ、こう呼びかける。
さすがに明日のことを考えたら、もう眠っておかなければいけない時間だ。
「はーい! で、本当に私ベッドでいいの? いきなり布団で寝て、腰が痛くなったりしない?」
「いいよ、使えって。俺の腰ならまだ大丈夫だっての。残業し放題のサラリーマンじゃないんだから」
「そ? なら、遠慮なく使わせてもらう。ありがと」
青葉はそう言うと、膝立ちでベッドにのぼる。
「あったか~、しかもふわふわだ~」
彼女が毛布を被ったのを確認してから、「消すぞ~」「はーい」なんてやりとりののちに電気を消した。
俺も布団の中へと入る。天井を見つめつつ大きく深呼吸をして、目を瞑った。
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