第26話 シャワータイム前に一悶着

「結構したんだよ? 今日やらずに家に帰ったら、もったいないじゃん! それに、せっかくのお家お泊まりだよ、楽しも?」


青葉はにかっと、混じりっけなく無邪気に笑う。


「あ、あぁ。なら、やろう、うん」


それに対して、うっかり妙な想像をした俺はつい動揺してしまったが、


「……なんか反応おかしくない?」

「そんなことないっての。やるんだろ、開けるぞ」


そのまま無理を通すことにした。箱を開けて台を取り出すと、真ん中の四つだけを白黒にひっくり返して準備を整えた。


「なんだ、結局やる気まんまんじゃん。じゃあ私、白でいいよ」

「俺が黒だな」


青葉も盤面も前のめりになり、これで無事に誤魔化すことはできたのだけれど。


ゲームが進むにつれて俺はだんだんと苦しい状況に追い込まれる。

なにをしても裏目に出て、終わってみれば、ほとんど全面が真っ白ときた。


お情けでもう一ゲームやらせてもらうが、それも負けてしまう。


「ちょっと、野上くん弱すぎない……?」

「これは言い訳もできないよ、我ながら」


昔から、この手のゲームは苦手なのだ。頭が悪いわけではない自負はあるのだけれど、数手先を読むとなると、うまくはいかない。


「なにがダメだったんだ?」

「うーん、さっきのこのあたりの時とかかな。ここで端を取られたら、全部ひっくり返されるのに、取っちゃったときとか」


青葉による解説がはじまる。さすがに弱すぎる自負があったからきちんとそれを聞く。


そんなことをしていたら、時間はあっという間に溶けていた。

気づけばもう、三時前だ。


ここにくれば、さすがの青葉もやばいと思ったらしい。


「ねぇ、明日ってこれ……?」


肩をすぼめながら、控えめにほっそりとした人差し指を一本立てる。

ぷるぷると震えているのはきっと、ここへきてまずさに気が付いたのだろう。


「あぁ、一限だよ。それに必修だ」

「えー、まずいじゃん、それって!」

「だから、言っただろー。さすがにそろそろ寝よう。今から寝ても五時間は寝られるし。俺、布団敷いて置くから先に風呂入ってこいよ。寝間着は、サイズ合わないかもだけど、棚の一段目にある適当な服使ってくれていいから」

「ご、ごめん、お願いします!! あと色々とお借りします!!」


青葉は飛び跳ねるように立ちあがる。

そして慌ただしく、脱衣所へと駆け込んでいった。


この家は住宅街の中にある。この時間になると、ほとんどの人が寝静まって、驚くほど静かになる。

そして、そんな中だと服を脱ぐ衣擦れの音や、「んっ」という短い息遣いまで脱衣所からシースルーで聞えてきてしまう。


そうなると突然、とんでもない状況にいる気がしてきた。

扉一枚向こう側で、中学のときは誰もが憧れていた青葉ひかりが着替えていて、しかもこれからはシャワーを浴びようとしているのだ。


……このままでは、まずい。勝手に想像が膨らんでしまいかねない。


俺はすぐに立ち上がり、収納扉を開け、布団の準備をはじめることとした。


布団は、親などが来たときのために持ち込んではいたが、こんなに早く使うことがあるとは思っていなかった。そのため奥深くにしまっていたから、取り出すのはなかなか根気がいる。


普段なら面倒になっているところだが、今ばかりは気を紛らわせるのにちょうどよかった。


ついでに整理を、なんて思っていたら、青葉から呼びかけられた。


「な、なんだよ」

「ご、ごめん、その……ビニール袋を取ってほしいかも、なんて。中は極力見ないで」


……せっかく考えないようにしていたのが台無しだ。なんて、おっちょこちょいなのだろう。

たぶんその袋の中に、着替えの下着が入っているのだろう。


俺は一旦、収納スペースを離れて、ビニール袋を手にする。

あとはこれを脱衣所の扉前に置いて、俺が背を向けている間に取ってもらえばいい。


そう思ったのだけれど、小さく扉が開いたと思ったら、にゅっと白く、そしてすらりと細い腕が隙間から伸びてきていた。


肩近くまで見えていたから、間違いなく上は着ていない。


「なにをやってるんだよ……! 俺が見てない時に取ればいいだろ」


さすがにツッコミをいれざるをえない。

俺の訴えにより、青葉はすぐに腕をひっこめて、扉を閉めた。


「……そっか、そうだね、馬鹿だ~あはは~」


なんて恐ろしいんだろう、青葉ひかりは。

たぶん、こっちがどんな気になるかなんて分かっちゃいない。


自分の魅力を理解していないあたり、天然爆弾だ。


俺は呆れつつ、こちらまで恥ずかしさを感じつつ、一度廊下へと出る。

そこから青葉が下着を回収したことを確認して、再度リビングへと戻ったのであった。

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