第25話 初お泊まりに持ち込むものは?
♢
「いや、付き合ってもいない男の家に泊まるなんて、問題があるだろ」
「なにかする気なのー、野上くん。えっち~」
「……あのなぁ、そうじゃなくて世間一般の感覚的にまずいというかだな……。そうだ、カプセルホテルくらいなら泊まれるんじゃないのか」
「でもカプセルホテルって、変な人が訪ねてきたりして危険なところもあるらしいよ。野上くんが言ってたよ、危険なところはダメだって」
「……じゃあ他の友達の家をあたってみたら」
「こんな時間からお願いできないよ。というか、まだそこまで関係深くない人ばっかだし」
「でも、服とかないだろ」
「途中コンビニに寄ってくれたら大丈夫だよ」
と。
どうにか他のところへ行ってもらおうため、俺は必死に色々な案を出したが、結局最後には押し切られてしまっていた。
今度は、青葉の家から俺の家を目指して夜の道を行く。
途中、青葉は俺を外で待たせてコンビニへと入った。たぶん、というか間違いなく、下着を購入したのだろう。
そう思うと、袋を握る彼女のほうを直視はできなかった。
そのまま家にたどり着く。
「待ってようか? 少しは掃除したいでしょ?」
青葉はそう言ってくれたが、俺は首を横に振った。
「いいや、入ってくれていいよ」
「……野上くん、もしかして私を呼ぶつもりで掃除してた?」
「馬鹿言えよ。もともと散らかすタイプじゃないんだ」
玄関を開けて、先に彼女を中へと入れる。
「おー、こんな感じねぇ。間取りは1K? 私の家に近いかも。お邪魔します」
一つ感心するような声をあげたあと足先をすり合わせるようにして靴を脱いだ彼女は、そのまま廊下へとあがった。
靴はもちろん脱ぎっぱなしだ。
別にそれくらいを気にするわけじゃないが、俺は自分の靴のついでにそれを揃える。
その頃には青葉はもう、俺の部屋を見ていた。
「……綺麗すぎない?」
出てきた一つ目の感想がこれだ。
「ベッドの上の布団も整ってるし、漫画も散乱してないし。男子の部屋って、もっとこうなんというか、言葉にできない汚さがあると思ってたよ」
「……あの部屋の持主が言うかよ、それ」
「だって、男子の部屋くるのはじめてだし! 幻想があったんだよ」
「いいから、座れよ。ローテーブルの横に座布団置いてあるから、勝手に使ってくれていいよ」
俺はそう言いながら、自分は廊下兼キッチンへと戻る。
少し外が冷えていたことも考慮して、温かい紅茶を淹れることにした。
ケトルで湯を沸かすところからはじめて数分後にカップを二つ持って部屋へと戻れば、彼女はもうすっかりと馴染んでいた。
座布団の上に座り込み、俺が本棚にさしていた少年漫画の一巻を手にして読みふけっている。
「それ、面白いか?」
「あ、紅茶! 嬉しいかも。うん。むかーし、中途半端につまみ食い程度に10巻あたりを読んだことがあったんだよ。こんなはじまりだったんだ」
「なんで10巻から読むんだよ。ま、たしかに途中から突然バトル漫画になるからな」
と言いながら、俺は青と赤のカップのうち、片方を彼女の前に置き、その正面に座る。
紅茶を一口飲んで、ふうと大きく息を吐きだすと、青葉のそれと重なった。
「息ぴったりじゃん、私たち」
「文字通りな」
そこからしばらくは漫画を読む時間が続く。
青葉がちょうど一冊読み終わったところを、俺は待ち構えていた。
「もう遅くなるし、寝るか? 明日もあるだろ」
そもそも寝付けないでいたところを起こされたのだ。
講義のことを考えたら、少しでも早く眠っておきたい。俺はそう思っていたのだけれど、青葉は口をつんと尖らせて不満顔だ。
「えー、明日のことは明日考えればいいよ。それに、せっかくこれ買ったんだよ。使いたいんだけどなぁ、二人で」
青葉はそう言うと、さっきコンビニで買ったビニール袋を手繰り寄せる。
半透明の袋は、その中身が見えない。そこから、ぼんやり黒く四角い箱が見えて、思わずどきりとした。
九分九厘ありえない、とは思いつつも、残りの一厘でまさかが頭の中によぎる。
まだ高校生、それも受験生だったこともあり、明日香とはそういう関係になったことはない。
けれど、物は見たことがあったし、買おうとしたこともあったから、形はわかってしまうのだ。
そんなわけがないと思いつつも、勝手にいけない妄想が膨らみかけるが……
「ほら、これ!」
青葉が両手で掲げたものを見て、それは無事に萎んでいった。
出てきたのは、ボードにコマがついていて、ひっくり返すだけで完結するオセロである。
まぁ当たり前だ。むしろこれでよかった。俺の煩悩を打ち砕いてくれて、ありがとう。
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