第24話 気づいたら、アレ掴んでました。

黒いアイツはどこにも見当たらない。ただやはり脱いだ服はベッドにかけられていたり、クッションが床に落ちて居たりと、まぁ汚くはある。

こりゃ隠れる場所もいっぱいだ。やはり、全体に散布するほかない。


俺は部屋の真ん中で、スプレーを散布した。

勢いよく煙が噴き出す。


そんななか、俺は目を瞑り、口元を抑えつつ、手の感覚だけを頼りに玄関を目指す。


なかなかに汚れた部屋だから、それだけでもけっこう大変だった。


まるでトラップまみれのダンジョンだ。

なにかが上から降ってきたり、靴下だろう布で滑りかけたり、と翻弄される。


が、それでもどうにかこうにか無事に外へ出ることができた。


「終わったよ」


俺が一息つきつつこう言えば、


「……ほんと、ありがとう~!! めっちゃ助かった!」


まるで神様でも見るかのような、きらきらの目で青葉は俺を見つめてくる。

が、その瞳に揺れていた光はどういうわけかすぐに消えた。わなわなと再び震え始める。


「そ、それ! なんで!」

「え、は……?」


そういえば、なにかが上から降ってきたんだっけ。


俺が肩口に乗っていたそれを摘まみ上げると、なんということだろう。


二つの大きなふくらみのある布、パッドに、留め具……うん、ブラジャーだね、これ……!!



目を瞑っていたから、気づかなかったが、上から降ってきたのはこれだったらしい。


「もしかして、浴室入った?!」


青葉は明かに取り乱して、大声で言う。が、アパートに響くことを理解してか、すぐに小さく声を抑える。


「入ったの? 入ったんでしょ」

「ちょっと待て。入ってないって。俺はただリビングに行っただけだ、本当に。誓って嘘じゃない」

「じゃあ、なんでブ、ブラが。…………あ。そういえば、リビングの扉に一つかけてたんだった。昨日の洗ってないやつ……」


青葉はそこまで言うと、驚くような俊敏さで、俺の手からブラジャーを奪い取る。

そして、どうするのかと思えば、部屋を一瞬開けて下手投げでそれを放り入れた。


ボーリングのときよりよっぽどうまい、鮮やかなナイススローイングだ。


そのまま玄関扉にもたれかかり、恥じらうように身をもじりつつ横へと目を逸らした。


「み、見なかったことにしてくれるかな、もろもろ全部」

「……汚部屋のことも?」

「あー、聞こえない、聞いてない。というか違うし」


青葉は耳を覆いながら、髪が乱れるのも気にせず頭を振る。


「ちょっと散らかってるだけだし、ゴミは捨ててるし。ささーっと片付けたら、綺麗な部屋だし! 汚いからGが来たわけじゃないよ、きっと、たぶん。だって実家では出たことないもん。だから幻滅しないで? ね?」

「別に、そこまでしてねぇよ……驚きはしたけど。あんなもんだろ、実際。街歩いてる人の全員が全員、部屋が綺麗なわけじゃない。汚部屋ってほどひどいわけでもないと思う……たぶん、おそらく」

「そ、そうだよね!? 野上くんの家もあんな感じだよね!?」


「いや、それはない」

「そこは、嘘でも頷いて!?」


うん、そのつもりだったのだけれど、気付けば本音が漏れていた。

当然俺の部屋は、扉を開けるだけで下着が降ってきたりはしない。


「あー、もうなんか立ち直れないかも……」


たしかに、かなりショッキングな一連の出来事だった。

青葉の傷心ぶりは、かなりのものらしく、そのまま扉の前でしゃがみこみ、膝の上にでこを乗せて頭をうずめる。


このまま放って置いたら、しばらくこの調子は続きそうだった。

別の問題が生まれていることにも、どうやら気付いていないらしい。


「で。どうするんだよ、これから。今夜中は部屋に入れないぞ」


俺は話を切り替える意味合いも込めて、青葉に言う。

すると、青葉ははっと伏せていた顔を上げた。


「あ、そうだった……なにも考えてなかった!」

「もしかして、さっき部屋にスプレー撒くって言ったとき、勢いで頷いた?」

「だ、だって、あいつがいる家じゃろくに寝れないし! なんなら朝まで怯えてたと思う。んー、どこかいいところないかなぁ。ネットカフェとか? カラオケとか?」


「明日も授業だろ。そんなところ、もっと危ないし」

「……危ない危ないってお母さんなの、野上くんって。でも他になくない? ホテル泊まるようなお金ないしね」


青葉はうーんと唸り、廊下の天井を見上げる。

しばらくののち、そうだと手槌を打ったと思ったら、俺の方を見つめてくる。


きらきたとした瞳に揺れるのは、間違いなく期待だ。


その時点で嫌な予感がして俺は一歩引くのだけれど、彼女は途端に立ちあがると、俺の顔の前でぱっと突然手を合わせてきた。


「野上くん、泊めて! このとおり!」


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