第21話 君の「頑張って!」



青葉とペアになってボランティアに参加するためには、このラウンドで、全体スコア一位を獲得する必要がある。


そのためには、一つの失敗もしたくない。

周りの人たちの実力も分からないなかでは、とにかく成功し続けることが大切だ。


俺は12ポンドの少し重いボールを抱えて、レーンの前に立つ。

第一投を投げる前、俺はボールを抱えたところで、ふぅとひとつ息をついた。


それからまさに投げようと動き出すのだけれど……、横のレーンでちょうど青葉が投げるのが目に入った。


彼女は線の手前までぴょこぴょこ進むと、そこで足を止める。


「えいっ!」


球を腰の横に振った後、力いっぱいに放り投げた。


……演技でも難しい、逆に高度な投げっぷりだった。

非力ではない分、ボールは勢いよく飛び出すが、元から斜め目がけて投げているせい、そのままガーターへと落ちていく。


「どんまいどんまい!」


同じグループのメンバーからこんな声が飛ぶのに、青葉は頭をかきながら苦笑いを見せる。

その一方でこちらに、グッと親指を立ててきた。


「なに、こっちは順調だぞみたいな顔してんだよ……」


俺はボソリと呟きつつも、今度こそ一歩を踏み出す。

歩幅もしっかりと調整して、置きに行くような感覚で慎重にボールを放った。


ボールは、案内線に沿ってまっすぐ進む。

そのまま、並ぶピンの真ん中少し横に当たり、なんとかストライクを勝ち取ることができた。


俺は、ほっと一息つく。

久しぶりだったが、感覚は悪くない。球の重さに頼って安定した投球をすれば、なんとかなるかもしれない。


「野上、うまくね!? 正直舐めてたわ」

「うんうん、今のなんかかなり綺麗だったよ、フォーム」

「昔やってたの? すごいよ」


同じグループの連中が手を挙げて迎えてくれるので、それを一つずつ返す。

それから今度は俺から青葉に向けて、こっそり腰元で親指を立てた。


うん、と一つ頷きと笑顔が返ってくる。



この調子で気を抜かずにやれれば、一位も狙えるはずだ。

俺はそう集中を高めながら臨もうと思うのだが、しかし。


敵は思いがけず、すぐ近くにいた。


「うわ、林っちもうますぎでしょ! あっさり二連続ストライクなんて。今のなんて芸術的だったよ!?」

「まぁな。俺、受験中も塾サボって行ってたから」


なんで上手いんだよ、林……!!

普通、お調子者タイプはこういうの下手くそだったりするから愛嬌があるんだろ!


俺はそう心の中でつっこみながら


「うまいな、まじで」


林に向けて手を挙げた。


「まぁちょっと本気出したくなってねぇ~。誰かさんがうまい雰囲気出してるから」


すると、赤色混じりの長い茶髪をかきあげた彼は、にっと歯を見せて、朗らかに笑う。


……うん、あからさまにライバル視されてるね、これ。


だがまぁ、彼の結果を気にしてもしょうがない。

とりあえず自分のやれる最善を目指すほかないのだ。


俺はその後も丁寧な投球を行い、ほとんどをストライク、最悪でもスペアを奪っていく。

その間、林も似たような成績を保ち、最終の10投目を迎えた。


「くっそー、最後に狂ったぁ……!」


俺が投げる前に、林のスコアが「248」に固まったことが、スコア画面に表示される。

そして、俺に順番が巡ってきた。


第一投は、どうにか無事にストライクを取る。


が、勝負はここからだ。10投目は、ストライクかスペアを取った際にはもう一度投げられる。

そして、林の成績に勝とうと思ったら、ここでもう一回ストライクを取らなくてはいけない。


そんな究極の状況で、俺にとっては嫌な状況が成立しつつあった。


「なんか一年坊がすごい戦いしてるって聞いたけど、ガチじゃん」

「うわ、こんなスコア見たことないぞ」

「俺の6倍あるんだけど!?」

「いや、お前低すぎだろ。って、青葉さん、もっと低いの!? 5!?」


その頃にはもう、他のレーンはゲームを終了していたらしく、たくさんの人が、俺たちのレーンの後ろに詰め掛けていたのだ。


青葉の異次元すぎる低成績に反応できないくらいの、かなりのプレッシャーだった。


元根暗である俺からすれば、知らない人に見られている環境は決して得意じゃない。

俺は縮こまりながらも、レーンの前に立つ。


「頑張って、野上くん!!」


しかし、青葉の声で一気に身体の力が抜けた。

そうだ、別に見物人のために投げるわけじゃない。


どん底にいた俺を掬い上げてくれた青葉が応援してくれているのなら。

俺とペアになることを青葉が望んでいるのなら、結果を出したい。


ただそれだけだ。


俺は一つ息をついてから、丁寧にいつも通りを心掛けつつ、気持ちを込めてボールを放る。

そしてその軌道を、祈るような思いで眺めた。


ボールはピンに向かって一直線に走っていく。

しかし、しらずのうちに力んでしまったせいか、少しラインが横ずれしていた。


ピンに当たった時は不安になる位置だったのだが、最後は勢いで押し込めたらしい。

カーンと響き渡る気持ちのいい音とともに、すべてのピンがなぎ倒されていた。


スコア表示を見上げれば、260の文字だ。

ベスト更新の結果であった。


ほっとして、つい力が抜ける。

俺はついその場にしゃがみこむのだが、後ろでは歓声が起きていた。


「すげえよ、一年! 250ごえとか、幻だと思ってたわ」

「神童だろ。ボウリングサークル行けよ、ボランティアじゃなくて」

「いやいや、ほんとだよ。この爺、最近は通い詰めていたが、ここまでうまい人を見たのは始めただよ」


わらわらと、サークル員たちが集まってくる。

もはや、地元の人だろうおじいちゃんまで混じって拍手をしてくれていた。


いやいや、なにこの状況。

たかが一ゲーム、たまたまいい成績が出ただけだ。


俺が戸惑っていたら、そんな群れの中から青葉が抜けてくる。


「さすがすぎるよ、野上くん! ほら、いぇいだよ!」


彼女はすぐさましゃがみ込むと、満面の笑みで俺に手のひらを向けてきた。

それに応えて手を挙げれば、彼女はそっと触れるようにれるように合わせてくれる。


「よかった、これで一緒のペアだね。嬉しい!」


真正面からそう言われたら、どきりとせざるをえなかった。


しかも、どういうわけか鼓動はなかなか収まってくれない。手のひらすら脈打っている気がして、伝わっていないかと不安になる。


今はいつもより一層、青葉ひかりが眩しく映っていた。

この笑顔が欲しかったんだ、と思えるくらいには。


俺はついつい、その顔をじーっと見てしまう。まるで時間が止まったような感覚になっていたのだけれど、


「なに、二人付き合ってんの? ただ親しいだけだと思ってたけど」

「いや、絶対そうでしょ。そのために一位取るとか、どれだけ彼女想いなのって感じだし」

「たしかに、そのために260点ってやばすぎでしょ。愛じゃん」


周りから聞こえてきた声が、俺を現実に引き戻した。

そうだ、そういえばかなりの注目を浴びていたのであった。


「ち、違いますよぉ、先輩!!」

「……青葉さんの言う通りです。なんにもないですよ」


二人して、早口で言い訳をする羽目になる。

が、しかし。


「いやぁ、そんなに真っ赤な顔で言われてもねぇ」

「説得力ねぇよなぁ」


簡単には受け入れてはもらえない。

たしかに青葉を見てみれば、かなり顔は赤い。真っ赤なりんご状態で、頬を手で覆って隠している。


「いや赤すぎだろ、青葉さん」

「そ、それ! そっくりそのまま返すよ、野上くん! ほ、ほら!!」


青葉に指摘されて頬に触れてみれば、たしかに熱いけれども。


「ほ、ほ、本当に私のこと、あ、あ、あ、愛してるんじゃない!?」


暴走が顕著なのはどう考えても、青葉のほうだ。

とんでもないことを口走っている。


「……なにを言ってんだよ」


そしてそんな態度を見ていると、こっちまで恥ずかしくなって、顔の火照りが消えない。


そのせいで、弁明はまったく聞き入れられなかった。

しかもそこで長野会長が「あまり騒がぬように」と注意をしたことにより、先輩たちは元のレーンに戻ってしまう。


最後まで、勘違いを晴らすことはできなかった。


そんななか、林が俺の肩を抱いて言う。


「ナイスアシストだったろ~、俺。最後までもつれ込む緊張感の演出も完璧。お前を立てて、負け役になってやったんだ。今度ラーメンでも奢れよ?」

「いや、普通に本気だったろ、お前」

「あ、ばれてた?」

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