第19話 二人一組は地獄の言葉……のはずでした。

サークル会議は図書館内にある視聴覚室を借りて、行われるとのことであった。

俺と青葉がそのスペースへと向かえば、ガラス張りの部屋の中には、すでに結構な人数が集まっている。


まだ会ったことのない人も多そうだった。

平気そうな青葉を横目に、俺は恐る恐るながら扉を開ける。


「お、きたぞ、新入生!!!」

「うおおお、期待の新人ってこいつらかぁ!!」

「たしかに可愛い! これは私のサークルの姫としての地位も終わりだぁ」

「残念ながら一回もなってないと思うよー」


……大学生というのは、どうやら遠慮というのを知らないらしい。


入った瞬間、一気に回りを囲まれる。

圧は強いのだけれど、まぁ歓迎してくれていることはたしからしいから、なかなか対応しにくい。


青葉が持ち前のコミュ力でさっそく笑顔でコミュニケーションをとる中、とりあえず笑顔を作ってやり過ごしていたら、


「……みんな、そこまで。二人とも、引いてる」

「待っていたぞ、野上くんに青葉くん!」


静岡朱莉副会長と、長野勝会長の二人が出てきて、先輩方を制してくれる。


その陰からは、あの新歓に来ていた新入生たちもひょっこり姿を見せた。

見たところ、あの時来ていた面子はその多くが入会を決めたらしい。



俺と青葉も、その一員だ。


先週一週間、さまざまなサークルをめぐりにめぐったが、結果として一番居心地がよかったのは、初日に行ったこのボランティアサークル・『ティアナ』であった。


他のサークルも悪くなかったのだが、体育会系すぎたり文科系すぎたり、男子女子どちらかの比率が高すぎたりで、決定打に欠けた。


そんななか『ティアナ』は、すべてがほどよかった。


「初日以降来てくれないから、もう入ってくれないのかと思っていたよ。君たちの入会届を見た時は、心底ほっとした。これからは一メンバーとして、家族として、よろしくおねがいするよ」


若干一名、会長は情熱が溢れすぎているけれど。

長野会長は目に涙を溜めて再び握手を求めてくる。


いきなりの家族宣言に戸惑っていたら


「これは無視して。一年生はそこ座って。もうすぐ、会議を始めるから」


静岡副会長が、俺と青葉を席に案内してくれた。

このあたりのフォローの速さは、前と変わっていない。


その後、彼女は長野会長の元へと戻り、その袖を強引に引っ張る。

そのまま、まるで手綱で馬を引くみたいに、長野会長を部屋の前方にあった檀上まで連れていくと、一つ顎をしゃくる。


「よ、よし、これで揃ったな。『ティアナ』の第一回ミーティングを始める!!」


……なんとも情けない開会宣言であった。


そのせい、いまいち空気が締まっていなかったが、とにかくミーティングが始められる。


最初に説明されたのは、サークル活動の概要や一年間のスケジュールに関してだったが、今日の本題はそこじゃない。


「では、ここからは来週末に実施するごみ拾いボランティアについて、話をしていきたいと思う」


これも、事前に聞かされていたことであった。

サークル『ティアナ』では新入生に慣れてもらう意味合いも込めて、毎年春は恒例行事として、ボランティアの定番であるごみ拾いを行っているらしいのだ。


「去年は街でのごみ拾いだったが、今年は毛色を変えて、山でのごみ拾いを行うこととなった。

 西東京にある小さな山なのだが、最近は登山客などによるゴミの放棄が問題となっているんだ」


会長はそこまで言うと、現状説明のために動画を流す。

その映像を見ると、たしかに落ち葉などに紛れて、ペットボトルやお菓子の袋といったごみ、さらにはテレビなんて大きなものも各所に散らばっていて、お世辞にも綺麗とは言えない。


サークル員からは、「うげー、汚ねぇ」なんて正直な声も聞こえてきた。


「そう文句を言うんじゃない。登山をしながら、ボランティアもできる。ある意味では、いい環境じゃないか」


会長はそんな不満の声をシャットアウトすると、自治体との打ち合わせで決まった事項などを細かく伝えてくれる。


意外や説明上手だった。さっきは情けなかったが、だてに会長をやっているわけではないらしい。


「ここまでだ。質問がある奴はいるか?」


二十分程度で議題をまとめたのち、こう投げかける。

すると、一度はしーんと静まり返ったが、やがて一人の先輩が手を挙げた。


「会長。今年もやるんすか、あのイベントは」


イベント? なんのことだろう。

そう疑問に思ったのは、俺だけじゃないらしい。青葉や他の一年生たちも、首を捻っている。


「あぁ、やる。とくに今回は山での活動だ。迷ったりしないよう、二人一組での行動は徹底してもらいたいからな」


……二人一組。

中学生の時、めちゃくちゃ嫌いだったワードが飛び出して、つい頬が引きつる。


が、今回は組む相手の心配いらないらしい。

隣の席にいた青葉が俺の袖を揺すって、にっと笑顔を見せる。


その口は確かに、「一緒にやろ」と動いた。

口角があがって、見ているだけで、楽しみにしていることが伝わってくる。


正直、頭がくらりと揺れるくらいの可愛さだ。


ばくと一つ、心臓が跳ねる。

中学時代には、一緒に柔軟をする相手すら見つけられなかった俺が、なにをどうやったら、こんな一軍女子に誘われることになるのだろう。昔の俺に言ったら、きっと「妄想だ」と一蹴される。


それでも、これはたしかに現実だ。

俺は首を縦に振ろうとするのだけれど、しかし。


「もちろん、ペアを決めるためのゲームを今年も用意してある。会場も押さえてあるから安心するといい」


会長の言葉により、雲行きが一気に怪しくなる。


「……ゲームってなんですか」


と一年生の一人が尋ねれば、会長は不敵に笑う。それに乗せられたように、他の先輩方もにやにやと笑う。


いったい、なにをやらされるのだろう。

もしかして、ここ、やばいサークルだった……? なにかとんでもない仕打ちを受けるのでは?


たぶん一年生全員がそんなふうに疑念を抱くなか、会長は演台を叩いて宣言する。


「これはいわば闇のゲームだ!」


高らかに響いたその声は、サークル員たちのざわめきを沈黙に変えるには十分すぎたらしい。


目も当てられないくらい、しっかり滑っていた。使い古しのネタであるせい男子の反応は薄いし、女子はそもそも理解していない人も多そうだ。


「もはや滑落だな、山だけに」


なんて、ぼそりと的確なツッコミも入るが、会長は諦めが悪いらしい。


「いわば闇の――」


再び同じセリフを言おうとするのだけれど、


「やめなさい。ただのボウリング大会でしょう」


それを静岡副会長によって阻まれていた。

うん、ナイスアシストだ、ほんと。

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