第18話 元カノのSNSが地獄な件
午後の授業は、青葉とも今里さんとも別々であった。
選択制の授業を一人で受け(今度は至極まじめに)、迎えた夕方。
少し早く授業が終わった俺は、再び青葉と落ち合うため、図書館前にあるベンチに座って待つ。
端的に言えば、暇だった。
ぼうっと往来を眺めていたら、スマホが軽く震える。
『けいちゃん。梅野さんと別れたのか?』
見てみれば高校の同級生から、こんなメッセージが届いていた。
俺は明日香と別れたことを誰にも言っていない。
こんな情報が流れているとしたら、彼女の方から誰かに言ったのだろう。
『まぁな、別れたよ。振られたんだ』
端的に返事を打つ。
入学初日に振られたとか、イケメンに一目ぼれしたらしいとか、そういう余計なことは言わない。
言っても情けない気持ちにもなるだけだ。
『けいちゃん、まじで浮気した?』
『なんでそうなるんだ、してないって』
『だよなぁ、お前そういうことしなさそうだし』
『じゃあなんで疑われてんの、俺』
『いや、梅野のSNS。なんかすごいことになってるからさぁ』
どういうことだろう。
俺は、疑問に思ってSNSを開く。タイムラインに並ぶのは、似たような投稿ばかりだ。
やれ菓子パとか、花見とか、合コンだとか。
高校や中学の同級生らの多くが、大学生らしい華やかな写真をアップロードしていた。
それらを流し見つつ、俺はフォロワー欄を確認する。
そうして、明日香のアカウントを見つけた。アイコンが真っ黒に塗りつぶされているし、名前がスペースだけになっているが、そのIDを覚えているから間違いない。
メッセージアプリの方はあれからブロックされていたが、俺がほとんどSNSを更新しないこともあってか、どうやらそちらのブロックまではされていないようであった。
「なんでこうなる……?」
おかしな話だ。切り捨てられた俺がこうなるならともかく、あいつは新しい男と、楽しい大学生活を満喫しているはずじゃなかったか。
むしろ、さっき見たキラキラ投稿を行っている側の人間であるはずだ。
それがどうなって、こんなアカウントになっているのだろう。
俺はメッセージアプリになにやら通知が来るのを見ずに、明日香のアイコンをクリックして、彼女のSNSページを見てみる。
そこには、ひたすら愚痴が書き連ねてあった。
「マジありえない」とか「最低すぎ」とか、「むかつく」とか。
字面だけで、負のオーラが漂う。
「他の女も家に連れ込んでたとか最悪。あんなふうに言って人を勘違いさせる奴は滅べばいい」
内容から察するに、誰かにもてあそばれたことで怒っているらしい。察するに、あのとき教室で親しげに話していた男がその相手なのだろう。
明日香は、名前を伏せていた。
それを見て友人は、俺が浮気したのだと思ったらしい。
『少なくとも俺じゃないよ、別れたあとの話だ』
俺は彼にそう返信してから、再度明日香の投稿を流し見る。
まるで、掃きだめだった。
昨日今日だけで、「辛い」「傷ついた」といった投稿がいくつもなされていた。
まぁ明日香には、感情の起伏が激しい側面がある。
そもそも俺が彼女と付き合いだした時も、年上の彼氏に振られたとかで彼女はひどく落ち込んでおり、その話に友人として付き合っていた結果、告白をされて、流れで付き合うこととなった。
付き合っている間も、彼女は感情的になることがよくあったっけ。
そのたびに、根気強くなだめてきたのだが……
今や俺が彼女に言葉をかけることはできない。
だから、ただただ彼女の投稿を眺める。それでこっちまで暗い気分になりかけていたら――
「わっ!!!!」
「うおっ!?」
そんな負の流れは、突然の肩たたきにより強制中断となった。
びくっと跳ねてから後ろを振り返れば、青葉が満面の笑みを見せている。
「めちゃくちゃスマホ見てたね、野上くん。そのくせ、私のメッセージに返信なかったんだけど?」
「そんなの送ってたのか?」
「うん、送ったよ、たしかに。5分前から5回くらい」
そう言えば、さっきから何度かスマホが震えていたっけ。
開いてみれば、「あと少し〜」「もうちょっと〜」「野上くんの後頭部!」などと、実況中継ばりのメッセージが送られてきていた。
最後に至っては、写真付きである。
「しれっと盗撮すんなよ」
「気づかないのが悪いんだよー。なに、授業早く終わったの?」
「まぁな。先生の都合だとかで20分前に」
「いいなぁ、私のところはむしろ延長してたよ。なんかめっちゃ情熱的な人でね、こんな顔で常に喋るの」
青葉はそう言うと、眉間にぐっと力を入れ、唇を引き締めて、固い顔を作る。
美人がやるにしては、躊躇のない変顔演技だ。正直それでも全然可愛いのだけれど
「であるからして~~」
声真似まで入ると、さすがにこらえきれなかった。
俺が思わず吹き出すと、青葉は満足げに、ニッと歯を剥いて笑う。
「よし、いい笑顔が戻ったね! ナイス私のジョーク。というわけで行こっか、サークル!」
それを受けて俺は、スマホをしまいながら首を縦に振る。
俺は、関係ない、と明日香に突きつけられた側だ。
まったく気にならないというわけにはまだいかないけれど、少なくとも気にしていてもしょうがない。
もう俺はあいつの彼氏でもなんでもない。ただの元同級生でしかない。
どうせ俺には関係のない話だ。
「だな。初日から遅刻はできないし」
「そうそう! オリエンテーションは遅刻しても、サークル会議は遅刻するなってこと♪」
「そのネタ、ちょっとこすりすぎだろ」
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