第17話 偏食ご令嬢とランチしたら、ねばねばだった件
♢
その変化は、もはや豹変の域だった。
誰の話かといえば、教室で知り合った謎の頭爆発女子、今里さんだ。
食事前にお手洗いへ行きたいと言うから、青葉と外で待っていたら、別人が出てきた。
「……お待たせいたしました。では、行きましょうか」
口ぶりや声は、たしかに本人だ。
だが、姿格好がまるで違う。
さっきまで大爆発炎上をしていた髪の毛は、ほんのりカールしたほどよいボリュームのロングヘアに、そして、とろんと今にも寝そうな顔つきも、凛々しいアーモンド状の瞳に変化していた。
俺と青葉は目を見合わせる。
「すごい変化だね?」
「あぁかなり驚いたよ」
食堂へと歩きつつ思わず口々にこう感想を言えば、彼女はまた丁寧に頭を下げる。
「さきほどは見苦しいところをお見せしました」
それに対して俺がまたまたお辞儀を返そうとしていたら、青葉が軽く俺の頭を叩いた。
「もう、それさっきやったでしょ、何回やるの! てか、すごいね、ほんと。聖良ちゃん、もはや変身だよ!」
「そんなことはありません。ただ、寝ぐせがひどかったので直しただけのこと」
「ひどすぎたよね、たしかに。ね。なんで、あんなに寝てたの」
「ゲームが終わらず、昨日は遅くまで起きておりましたから」
「おぉ意外やゲーム趣味……!」
女子二人の会話を後ろで聞きながら、俺は改めて今里さんの後ろ姿に目をやる。
身長は150ほどだろう。
俺よりもかなり背の低い彼女だが、その佇まいには気品があり、オーラすら感じた。
まるで、高価な和人形のよう。
そう意識して見てみれば、彼女が身に着けている服、時計、かばん、その全てが回りの大学生と比べて、一味も二味も違う。
センスがいいというだけでは、到底表せない。
いわゆる本物というか、その質そのものが異なる気がする。
いわゆるお嬢様感だ。
「もしかして、内部の人?」
俺はそれとなく、確かめてみることにする。
内部進学、つまり桂堂高校に通っていたとすれば、十中八九、お金持ちであるためだ。
大学こそマンモス校である桂堂だが、高校までは一部の人間しか通えない、有名私立であり、その学費はかなり高いと聞いたことがある。
「……はい。あなた方は、見慣れないので違うようですね」
そして、その予想はやはり的中していた。
「あはは、私たちはまぁまぁな田舎出身だからね」
「まぁ家も学校も山間だからな」
さまざまな新歓に参加したことにより、もはや鉄板ネタとなった田舎・都会あるあるトークをしつつ、俺はひそかに不安を覚える。
こんなお嬢様を学食に誘ってしまって、本当によかったのだろうか。
学食は、俺のような財布の軽い貧乏学生の味方だ。
安価でほどよい美味しさが、その売りである。
もしかすると、彼女の食べるものがないかもしれない。
「やっぱり別の場所で、カフェランチでもーー」
俺はこう提案しかけるのだが、しかし。
「では、会計後にまた。わたしは決まっていますので、先に席を確保しておきましょう」
今里さんが動くほうが早かった。
入口に置かれていたお盆を颯爽と手にすると、おかずの注文待ちをしている列をすり抜け、その奥にある麺ものコーナーへと向かう。
どうやら、いらない配慮だったみたいだ。
俺がほっとしつつ、お嬢様の背中を見送っていると、隣からはうんうんと唸る声がする。
「うわー、完全に目玉焼き豚丼の気分できてたけど、カレーもいいなぁ。というか、カレー蕎麦もある〜……! 悩む〜」
こちらは、なんとも庶民的な悩みだ。
たかが学食なのだが、彼女は真剣な目つきで、写真付きのメニュー表を睨み付けるから、ついつい悪戯心がうずいた。
「お、こっちには親子丼もあるぞ。卵増量中だって」
「卵増量! うわぁ、もう、もっと悩むじゃんか〜」
「迷え、迷え。迷える子羊になっとけ」
さっきよりさらに、眉間のシワが深くなる青葉。
そんな彼女をよそに、俺は心に決めていた『カツカレー定食(サラダ付き)500円』を選択しようとするのだけれど……
「チキンカツ定食、380円!?」
青葉のこの発見により、結局は一緒に悩むこととなる。
そうしてさんざんに悩んだ末、俺は結局カツカレーに、青葉は親子丼に決めて、会計を済ませた。
二人、お盆を抱えて広い食堂内で今里さんの姿を探す。
背の小さな彼女だ。人で込み合う中では見つけにくいかと思ったのだが、しかし。
その姿は、すぐに見つかった。
なぜなら、ひどく悪目立ちしていたからだ。
多くの席が埋まる中、彼女の周りだけは、誰も座ろうとしない。
「な、なんかすごい大量の小鉢に囲まれてるよ、聖良ちゃん!?」
「……だな。しかも、真ん中のうどん除いたら、全部オクラの巣ごもり温泉卵だぞ、あれ」
その数、十個以上である。前方に俺たちの席は確保してくれているが、机のほとんどはオクラで埋まっている。
その真ん中で彼女は、納豆のパックをぐるぐると混ぜているのだ。
完全に、近づいてはいけない人扱いされていた。
「見たらだめだぞ。俺、内部進学だから分かるけど変人なんだよ、あの人。綺麗だけど」
などと、周りの人間はひそひそと噂話を交わされているが、そんなことは気にならないらしい。目を瞑りながら、一定の速さで箸をぐるぐると回している。
「と、とりあえず行くか……?」
「だね! あんまり人の目、気にしててもしゃあないし♪」
俺は青葉と示し合わせたのち、今里さんの元へと寄っていき、席に着いた。
「ね、ねばねばが好きなの?」
もはや触れていいことかどうか分からない。
俺は聞くのを躊躇っていたのだけれど、青葉は簡単に踏み込む。
「そう、私の大好物。いくらでも食べられます。これでは足りないくらいです」
「まぁたしかに美味しいもんね。私も納豆は毎日朝ごはんで食べてるよ」
「それはよいことです。納豆には、整腸作用もありますし美容にもよいです」
「うんうん、それ狙いで食べてる。しかも意外と安いんだよねぇ」
正直、ついていけないトークだった。
家でも学校でも、納豆が出てくることはほとんどなかったし、ほとんど食べた経験がない。
一人静かに手を合わせ、カレーを食べ始めるのだが、少ししたところで、
「あなたもぜひ」
今里さんから話を振られた。
「え、なにを? 納豆?」
「納豆もそうですが、今はねばねば全般の話をしておりました」
……そんな真面目なトーンで言うことじゃないね、普通。
「この巣ごもりオクラ、一つ差し上げます。そのカレーにもかならず合います」
「たしかに、カレー屋でもトッピングに用意されてる店あるもんな。俺は試したことないけど」
「えぇ、そのお店はよく分かっている素晴らしいお店ですね。さぁ、今ここでお試しすればいいでしょう」
さぁ、と今里さんは大量の小鉢のうち一つを俺の方へと勧めてくる。
もはや押し売り、いや押し布教だ。
「結構美味しいよ、これ! 私もはまっちゃうかも。しかも、卵の濃厚さが一気に増してイイ感じ!」
そして青葉はすでに布教を受けていた。
オクラの巣ごもり卵を親子丼に乗せて、レンゲでかきこみ、ほくほく顔だ。
「……じゃあ、一つ。ありがとう」
俺は戸惑いつつも、小鉢を受け取り、カレーにかけてみる。
すると、たしかによく合った。
卵のねっとり感も、オクラのさっぱり感も、かなり好みの味だ。
「美味しいな、これ。いいトッピングだ」
俺がこう感想を述べれば、今里さんは「そうでしょうとも」と言わんばかりに、小鉢を次々と平らげていく。
そうして三人、思いがけず、ねばねばだらけになったランチを終えた。
それにしても、なんてぶっ飛んだご令嬢なのだろう。
俺はすでに圧倒されていたのだけれど……
「やはり食後はこれですね。歯で砕く感覚が好きなのです。お二人もどうですか」
持ち歩いていたらしい角砂糖をがりがりと噛み始めたときには、もう降参したくなった。
ご令嬢の食生活、怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます