第17話 偏食ご令嬢とランチしたら、ねばねばだった件





その変化は、もはや豹変の域だった。


誰の話かといえば、教室で知り合った謎の頭爆発女子、今里さんだ。

食事前にお手洗いへ行きたいと言うから、青葉と外で待っていたら、別人が出てきた。


「……お待たせいたしました。では、行きましょうか」


口ぶりや声は、たしかに本人だ。


だが、姿格好がまるで違う。


さっきまで大爆発炎上をしていた髪の毛は、ほんのりカールしたほどよいボリュームのロングヘアに、そして、とろんと今にも寝そうな顔つきも、凛々しいアーモンド状の瞳に変化していた。


俺と青葉は目を見合わせる。


「すごい変化だね?」

「あぁかなり驚いたよ」


食堂へと歩きつつ思わず口々にこう感想を言えば、彼女はまた丁寧に頭を下げる。


「さきほどは見苦しいところをお見せしました」


それに対して俺がまたまたお辞儀を返そうとしていたら、青葉が軽く俺の頭を叩いた。


「もう、それさっきやったでしょ、何回やるの! てか、すごいね、ほんと。聖良ちゃん、もはや変身だよ!」

「そんなことはありません。ただ、寝ぐせがひどかったので直しただけのこと」


「ひどすぎたよね、たしかに。ね。なんで、あんなに寝てたの」

「ゲームが終わらず、昨日は遅くまで起きておりましたから」

「おぉ意外やゲーム趣味……!」


女子二人の会話を後ろで聞きながら、俺は改めて今里さんの後ろ姿に目をやる。


身長は150ほどだろう。

俺よりもかなり背の低い彼女だが、その佇まいには気品があり、オーラすら感じた。

まるで、高価な和人形のよう。


そう意識して見てみれば、彼女が身に着けている服、時計、かばん、その全てが回りの大学生と比べて、一味も二味も違う。


センスがいいというだけでは、到底表せない。

いわゆる本物というか、その質そのものが異なる気がする。


いわゆるお嬢様感だ。


「もしかして、内部の人?」


俺はそれとなく、確かめてみることにする。

内部進学、つまり桂堂高校に通っていたとすれば、十中八九、お金持ちであるためだ。


大学こそマンモス校である桂堂だが、高校までは一部の人間しか通えない、有名私立であり、その学費はかなり高いと聞いたことがある。


「……はい。あなた方は、見慣れないので違うようですね」


そして、その予想はやはり的中していた。


「あはは、私たちはまぁまぁな田舎出身だからね」

「まぁ家も学校も山間だからな」


さまざまな新歓に参加したことにより、もはや鉄板ネタとなった田舎・都会あるあるトークをしつつ、俺はひそかに不安を覚える。


こんなお嬢様を学食に誘ってしまって、本当によかったのだろうか。

学食は、俺のような財布の軽い貧乏学生の味方だ。

安価でほどよい美味しさが、その売りである。


もしかすると、彼女の食べるものがないかもしれない。


「やっぱり別の場所で、カフェランチでもーー」


俺はこう提案しかけるのだが、しかし。


「では、会計後にまた。わたしは決まっていますので、先に席を確保しておきましょう」


今里さんが動くほうが早かった。

入口に置かれていたお盆を颯爽と手にすると、おかずの注文待ちをしている列をすり抜け、その奥にある麺ものコーナーへと向かう。


どうやら、いらない配慮だったみたいだ。


俺がほっとしつつ、お嬢様の背中を見送っていると、隣からはうんうんと唸る声がする。


「うわー、完全に目玉焼き豚丼の気分できてたけど、カレーもいいなぁ。というか、カレー蕎麦もある〜……! 悩む〜」


こちらは、なんとも庶民的な悩みだ。


たかが学食なのだが、彼女は真剣な目つきで、写真付きのメニュー表を睨み付けるから、ついつい悪戯心がうずいた。


「お、こっちには親子丼もあるぞ。卵増量中だって」

「卵増量! うわぁ、もう、もっと悩むじゃんか〜」

「迷え、迷え。迷える子羊になっとけ」


さっきよりさらに、眉間のシワが深くなる青葉。

そんな彼女をよそに、俺は心に決めていた『カツカレー定食(サラダ付き)500円』を選択しようとするのだけれど……


「チキンカツ定食、380円!?」


青葉のこの発見により、結局は一緒に悩むこととなる。


そうしてさんざんに悩んだ末、俺は結局カツカレーに、青葉は親子丼に決めて、会計を済ませた。



二人、お盆を抱えて広い食堂内で今里さんの姿を探す。


背の小さな彼女だ。人で込み合う中では見つけにくいかと思ったのだが、しかし。

その姿は、すぐに見つかった。


なぜなら、ひどく悪目立ちしていたからだ。

多くの席が埋まる中、彼女の周りだけは、誰も座ろうとしない。


「な、なんかすごい大量の小鉢に囲まれてるよ、聖良ちゃん!?」

「……だな。しかも、真ん中のうどん除いたら、全部オクラの巣ごもり温泉卵だぞ、あれ」


その数、十個以上である。前方に俺たちの席は確保してくれているが、机のほとんどはオクラで埋まっている。

その真ん中で彼女は、納豆のパックをぐるぐると混ぜているのだ。


完全に、近づいてはいけない人扱いされていた。


「見たらだめだぞ。俺、内部進学だから分かるけど変人なんだよ、あの人。綺麗だけど」


などと、周りの人間はひそひそと噂話を交わされているが、そんなことは気にならないらしい。目を瞑りながら、一定の速さで箸をぐるぐると回している。


「と、とりあえず行くか……?」

「だね! あんまり人の目、気にしててもしゃあないし♪」


俺は青葉と示し合わせたのち、今里さんの元へと寄っていき、席に着いた。


「ね、ねばねばが好きなの?」


もはや触れていいことかどうか分からない。

俺は聞くのを躊躇っていたのだけれど、青葉は簡単に踏み込む。


「そう、私の大好物。いくらでも食べられます。これでは足りないくらいです」

「まぁたしかに美味しいもんね。私も納豆は毎日朝ごはんで食べてるよ」

「それはよいことです。納豆には、整腸作用もありますし美容にもよいです」

「うんうん、それ狙いで食べてる。しかも意外と安いんだよねぇ」


正直、ついていけないトークだった。


家でも学校でも、納豆が出てくることはほとんどなかったし、ほとんど食べた経験がない。

一人静かに手を合わせ、カレーを食べ始めるのだが、少ししたところで、


「あなたもぜひ」


今里さんから話を振られた。


「え、なにを? 納豆?」

「納豆もそうですが、今はねばねば全般の話をしておりました」


……そんな真面目なトーンで言うことじゃないね、普通。


「この巣ごもりオクラ、一つ差し上げます。そのカレーにもかならず合います」

「たしかに、カレー屋でもトッピングに用意されてる店あるもんな。俺は試したことないけど」

「えぇ、そのお店はよく分かっている素晴らしいお店ですね。さぁ、今ここでお試しすればいいでしょう」


さぁ、と今里さんは大量の小鉢のうち一つを俺の方へと勧めてくる。

もはや押し売り、いや押し布教だ。


「結構美味しいよ、これ! 私もはまっちゃうかも。しかも、卵の濃厚さが一気に増してイイ感じ!」


そして青葉はすでに布教を受けていた。

オクラの巣ごもり卵を親子丼に乗せて、レンゲでかきこみ、ほくほく顔だ。


「……じゃあ、一つ。ありがとう」


俺は戸惑いつつも、小鉢を受け取り、カレーにかけてみる。


すると、たしかによく合った。

卵のねっとり感も、オクラのさっぱり感も、かなり好みの味だ。


「美味しいな、これ。いいトッピングだ」


俺がこう感想を述べれば、今里さんは「そうでしょうとも」と言わんばかりに、小鉢を次々と平らげていく。


そうして三人、思いがけず、ねばねばだらけになったランチを終えた。



それにしても、なんてぶっ飛んだご令嬢なのだろう。

俺はすでに圧倒されていたのだけれど……


「やはり食後はこれですね。歯で砕く感覚が好きなのです。お二人もどうですか」


持ち歩いていたらしい角砂糖をがりがりと噛み始めたときには、もう降参したくなった。


ご令嬢の食生活、怖い。


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