第16話 陽キャ女子と眠り姫

長いはずの90分の授業が、終わってみればあっという間だ。

もはや、絵しりとりによって溶かされたと言ってもいい。


大学生初めての授業だ。

いくらわかりきった内容とはいえ、もう少し真面目に受けるべきだったかもしれない。親にお金も払ってもらってるわけだし。


なんてちょっとした罪悪感を覚えつつ、俺はゆっくりと片付けをする。

その横で青葉は準備万端、教材を入れるトートを手にして、すでに立ちあがっていた。

なんだか、気が急いているようにも映る。


「じゃ、行こっか!」

「どこに……?」

「えー、決まってるでしょ。さっきの絵しりとり、最後の方を思い返してみて?」


少し考えてみて、俺も合点がいった。


さっき描いたすべての料理・食材を食べられる場所といえば、あそこしかない。


「そうだな、学食いくか」

「おぉ、さっすが分かってるね♪ というわけで、善は急げだよ、野上くん! 席が取り合いになるって噂もあるからね。今出て行く人はみんな、食堂に向かうかも」

「心配しすぎだ。言われなくても、すぐに片づけるよ」


俺は多少乱雑にペンを筆箱にしまい、リュックサックに突っ込む。

立ち上がろうとしたときに、気付いた。


俺の右隣の少女が、まだ眠っていることに。

というか思い返してみれば、存在を忘れてしまうくらい、この授業の間はずっと眠りこけていた。


よっぽど疲れているのだろうか。

ただ、このまま起こさないで去っていくのも、見てしまった以上はなんとなく気が引ける。


「あの、授業終わりましたよ」


一応、机をとんと叩いて、そう告げる。

すると、その顔はのっそり、ゆっくりと時間が止まって思えるくらいの緩さで、持ちあがる。


髪のボリュームが、とんでもないことになっていた。

灰がかったオレンジの髪は、うねりにうねっており、制御できていない。


まぶたもあがりきっておらず、よだれの跡まである。


「失礼いたしました。ありがとうございます」


そんな状態で、意外すぎるくらい丁寧に頭を下げられたから、面食らった。

俺は反射的にとりあえず、頭を下げる。


もう行こうと、青葉に合図するのだけれど……


「ねぇ、あなたも一年生? その学生手帳、そうだよね」


ここで雑談をけしかけてしまえるのだから、さすがは陽キャ女子だ。


「……文学部日本史専攻」

「そうなんだ! 私は、青葉ひかり。こっちは、野上啓人くん。あなたは?」

「聖良。今里聖良(いまざと せいら)」

「聖良ちゃん。じゃあさ、今から三人でお昼にいかない? 大学生といえば、学食でお得ランチでしょ! 新入生同士、仲良くしようよ、ね?」


というか、ここまできたら化け物の域である。

見ず知らずの、今まで一つの口も聞いたことがない相手を食事に誘うなんて、俺の常識ではありえない。


おおいに驚かされていたから、


「ね、いいかな野上くん?」

「えっと、あぁ、うん」


俺はあいまいに頷くしかできない。


とはいえ、こんな寝起きの状態だ。

急に昼ご飯に誘って受けてくれるとは思えなかった。


実際、あからさまにぼーっとしていて、まだ頭が起きているようには見えない。


ただ、意外なことにその首は縦に振られた。


……眠気でうとうとしているだけにも見えたが。

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