二章

第15話 初授業でも遊びたい!

――Re:青春同盟。


そんな一見すると、訳のわからない同盟が結ばれてから、俺たちはその目的のために行動を始めた。



履修を早々に切り終えると、毎日のようにサークルを回り、さまざまな新歓に顔を出す。



そうして、毎日のようにタダ飯生活をすること約一週間。

ついに新入生歓迎のお祭り期間は終わり、今日が平常授業開始の初日だ。


二限の始まる十時半少し前に、俺は校内にたどり着く。


大学の校舎は、ド田舎の小さな高校とは広さがまったく違う。

学部ごとに棟が違えば、授業の行われる教室もまちまちだ。


俺は構内の案内図を頼りに、どうにかチャイムの前に教室へ辿り着く。

扉を開けるとすぐに、こちらへ手が振られた。


とんとんと左隣の机を叩いて笑顔を見せるのは、もちろん青葉ひかりだ。

今日も今日とて、彼女の笑顔は光り輝いていた。


眠気も覚めるその輝きは、やはり桁違いだ。

周りにだって、今風でイケイケな大学生女子もいるはずなのだけれど、群を抜いている。


ただ机の上で軽く手を振るだけで、男子がちらちらと彼女の方を見るのがいい証拠だ。

俺はそいつらの妬み混じりな視線を意識しないようにしつつ、そそくさと青葉の隣の席につく。


「ぎりぎりだけどちゃんときたね、野上くん。来ないかと思ったよ」

「そりゃくるだろ。初の大学の授業だぞ」


「オリテにこなかった人がなに言っても説得力ないよ、ちなみに」

「的確に痛いところついてくるな、おい」


鞄から荷物を出しつつ、なんてことのない会話を交わしていたら、チャイムが鳴り、担当講師が入ってきた。


今日の授業は、自由選択科目であった日本文化史だ。


一枚レジュメが配られると、簡単な挨拶の後に、さっそく授業が始まる。



だがしかし、いまいちぴりっとしない。


大講義室をを見渡してみれば、多くの人が机の上にスマホを置いている。

私語をべちゃくちゃと喋るものもいた。


なんなら夢中で馬美少女を育成していたり、でっかいヘッドフォンをつけて音ゲーに励むやつまで。



……たしかにネットの記事では見ていた。

大学の授業は自由度が高く、途中で抜けたり、そもそも欠席する場合さえ連絡はいらない、だからこそ自分で裁量を決めて取り組む必要がある、と。


とはいえ、ここまで緩いとは思わなかった。

俺が唖然としていたら、青葉に脇腹をつつかれた。


なにかと思って見てみれば、レジュメの裏に書いてあるのはたぶんゾウの絵だ。

やたら鼻が長くて、古代遺跡の絵くらい歪んでいるけど、たぶんそうだ。


そしれ、その横には、矢印も引っ張ってあった。


「ふふん」


……うん、ここにもいたわ。1回目から自由すぎる美少女が。


間違いなく、絵しりとりを仕掛けにきてるわ、こいつ。


俺がため息をついていると、彼女はずいっと俺に寄る。


「いいじゃん。まだ高校の復習みたいな内容だしさ。逆に1回目の特権だよ。見て、野上くんの右隣の女の子。めっちゃ寝てるよ」

「……すやすやだな、たしかに」


耳元に口を寄せて、こう囁いてきた。

歯を少しのぞかせた悪戯っぽい笑みを含めて、その威力は強大だ。


そのうえ、彼女はスマホを取り出して、その画面を見せてくる。

そこに映っていたのは、俺と青葉とのラインに作られた共有メモだ。


そのタイトルは、『取り戻せ、Re:青春!』。

なんだか、安っぽいテレビ番組のタイトルみたいだし、意味も重複しているが、一応真面目に作ったものだ、これでも。


この共有メモに列挙されているのは、青葉が先週言った青春のやり直しを果たすために、『青春をやり直す! やりたいことリスト』だ。


単に、思っているだけじゃ、なにをやっていいのか分からなくなる。

そこで、リストにやりたいことをお互いに書きだして、見える化してみた。


たとえば、『ねずみの遊園地に行きたい』とか『一年で2回以上旅行に行く』とか『自炊がしてみたい』とか『山登り!』とか『プラネタリウムに行きたい』とか。


その項目の一部には、たしかに『授業中でも遊びたい!』がある。

というか、項目がいつのまにか大渋滞だ。


「俺が見てない間に足しすぎじゃね、これ」

「えへへ、まぁね。野上くんもどんどん書かないと、私がやりたいことばっかりになるよ?」


まぁ別にそれはそれでいいのだけれど。

こんなことが、青春をやり直すことに当てはまるんだかどうだか。


はたはだ疑問ではあったが、たしかに。


「――であるから、文化の起源は縄文頃の土器に見られる紋様から」


まだ概説的な内容であるこの授業をただ聞いているのも、なんだかもったいない気がしてくる。

こんなことなら、絵しりとりに興じるのも悪くはないかもしれない。


俺は、青葉の書いたゾウの横に、浮き輪の絵を描く。

そうして、彼女の方に差し返した。


「へぇ、割とうまいじゃん」


そこからは、テンポよく絵しりとりが進んでいく。

たまに授業を聞くターンなんかも挟みながら、最後はほとんど埋まった狭い範囲に、


『めだまやき』→『きゅうり』→『りんご』→『ごまだんご』


と食べ物の絵を書き連ねたところで、終業のチャイムが鳴った。

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