第14話 Re:青春同盟!


助けたからって、別に恩人だと驕り高ぶる気はない。


そんなことよりも青葉には、青葉の人生を生きてほしいーー。


俺としては、結構真剣に言ったつもりだった。


しかし、返ってきた反応は、まさかの大笑いだ。さっきまで食べ過ぎで抱えていた腹を、今度は笑いすぎて抱えている。


近くを歩いていた通行人は、ドン引きの様子で遠ざかっていった。


「なんだよ、それ。どういう反応?」

「野上くん、私が恩返しのためだけにこんなことしてると思ってたの? 全然違うよ、見当違い。振られたのもそのせいじゃない?」


「おい、簡単に傷をえぐるなよ」

「仕返しだよ。そんな寂しいこと言われたら、私だって傷つく。だって、私が野上くんといるのは、私が楽しいからだよ」


青葉の声は一転して、囁くように小さくなった。

車の走行音にまぎれて、聞こえにくい。


俺がふと隣をみてみたら、彼女は自分の足先を見つめていた。

車のライトに照らされた彼女の顔は、逆光で見えにくかったけれど、本当に少し悲しげに映った。


さっきまでの大笑いとは真逆の顔だ。

それに俺が驚いていると彼女は歩く速さを落としながら続ける。


「たしかに、恩返ししたい気持ちがなかったわけじゃないよ。昨日、野上くんがいなかったら、昨日あのまま連れ去られてたら、今頃どうなってたか自分でも分からないし、本当に感謝してる。

 だから今日は野上くんを待ち伏せてたのもあるんだ。履修相談に乗るためにね」

「……じゃあやっぱり」


「ううん、でも違うの。だって、昨日の夜も今日も楽しかったんだもん。それにこれは勝手だけどさ、私は昔から野上くんが面白くて、いい人だって知ってた。だからサークル活動にだって誘ったんだ」

「恩返しのために、落ち込んでる俺を無理に元気づけるためじゃなくてか?」

「違う、とは言えないけどさ。でも、元気にはなってほしいなんて当たり前じゃん。だって、友達を元気づけたいと思うのは普通でしょ」


青葉はそこで一度、俺の方を振り見る。

それから一度、ため息をついた。


「まぁ野上くんが嫌なら、もうやめるけど」


か弱い声に、震えが加わる。

ともすれば、泣き出しそうにも聞こえた。


ただ恩返しをするためだけだったならたぶん、こうはいかない。

まさか演技でもないだろう。青葉ひかりは、そうした小細工はできない人間だ、昔から。


青葉が俺といたいと思ってくれている。

それに対する返事なんか、決まっている。


「……嫌なわけないだろ」


これでも精一杯、声をしぼったつもりだった。

しかし照れくささから、ぼそっと呟いたみたいになる。


「嫌なわけがない。俺も、青葉さんといたら楽しい」


だから、あえてもう一度、はっきりと本心から言い直した。


どんな反応をされるだろう。

俺がどきどきしていたら、返ってきたのはため息だ。それも、かなり長い。


「よかった~」


気の抜けていく音がしそうなくらい、安堵のにじむ声だった。


「よかった、ほんと。今日ももしかして私だけ楽しかった!? とか思って、怖かったんだよ?」

「……悪い」

「ううん、いいんだ。さっきのセリフは嬉しかったしね。はっきり言ってくれて、ほっとした」


青葉はそこまで言ってから、静かに沈んだ空気を無理に引き上げるように青葉は明るい声を張り上げる。


「私ね、めいっぱい大学生活を楽しみたい。それこそ、アルバムが何冊もできちゃうくらい。そこに野上くんがいたらいいなって思う。

 だからさ、二人でやろうよ、Re:青春!」

「り……?」

「うん! 野上くんは元カノさんに振られて傷ついたでしょ。私も結果的には救われたけど、人生台無しにされかけた。

 だから、ここから再スタートするんだ。躓いて最悪のスタートでも、最高に楽しんで終わったら、私たちの勝ちだ! そう思わない?」


青葉はそこで、俺に右の拳を向けてくる。


「……原監督?」

「それは両手でしょ。そうじゃなくて、同盟の証だよ。これから、二人でたくさん楽しもうって、そのための儀式」


なるほど。

俺はその意図を理解して、彼女の握った拳にこつんと左の拳をぶつける。


「よし、これで同盟成立だね。Re:青春同盟!」


青葉は歯を剥いて、ししっと笑って見せた。

俺もつられて、勝手に口角が上がる。


「おう」


結果的には、言ってしまってよかったのかもしれない。

心を上から押さえつけていた重しが取り上げられたみたいな感覚だ。


再び歩き出した足取りは、さっきより軽い。

それは青葉も同じのようで、なかばスキップするように跳ね歩いている。


「それで明日はどこに行く? 私的には、お菓子作りサークルもきになるんだよねぇ」

「じゃあ、そこに行くか。できればケーキが食べたい」

「分かる、ホールで食べたい! ウエディングくらいデカい奴」

「やめとけ、絶対腹壊すから。というか、あのケーキって半分くらいは型でできてるんだぞ、要するに食べられない」

「えー⁉ 知りたくなかったよ、それ。夢がない!」


より軽快に会話を交わしつつ、でも足取りはあえてゆっくりと、俺たちは御茶ノ水駅を目指す。


改札についたところで、青葉がスマホをこちらに差し出してきた。


「あ、そうだ。野上くん、連絡先の交換しよ? 明日の相談とかもしたいし」


たしかに、と俺もスマホを取り出すが、そこでふと思い出した。

なにも俺たちは、昨日初めて会ったわけじゃない。


交わる機会が多かったとはいえないけれど、同じ場所で過ごした三年間がある。


「……中学の時のクラスラインにいるんじゃね? 一応、そこに俺もいるはずだ」

「って、うわ、本当じゃん! 奥底に眠ってるじゃん!」


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