第12話 どうやら胃袋を掴んでしまったらしい

一対一で打ち解けあったこともあり、そこからの新入生歓迎会は、かなりの盛り上がりを見せた。


俺も一応、その輪の中に入って会話に参加する。


とても順調だったのだけれど、その途中でそれは起きた。


「あれ、もうツマミもないじゃん」

「ピザも焼き鳥もオードブルも、ほぼ空ですよ」

「えー、なにかないのー」


あれだけたくさんの量に見えた料理たちが、ほとんどなくなってしまったのだ。


酔いが回ってきたらしい先輩たちから、不満の声が上がる。



話が盛り上がるのと同時に、食も進んでいたらしい。

残っているものといえば、枝豆くらいだ。

それも、全員分には到底満たない。


「……あるにはある」


と、そこへ副会長の静岡先輩が持ち出してきたのは、調理前の食材たちだ。

豚肉、なす、キャベツといった野菜、加えてなぜかインスタント味噌汁が一つの袋にまとめられていた。


それには、おぉと声が上がるのだけれど、


「誰かが料理をすれば、の話ね。ちなみに、私は無理。味噌汁だけなら作ってもいい」


次の瞬間には、しーんと静まり返った。


やがて先輩たちの中で、譲り合いが発生する。

「無理」のバーゲンセール状態だ。


が、そもそもこの人たちは、大半がかなり気持ちよく酔っていらっしゃる。

要するに、当てにならない。


「やるやる、俺やる〜!」


実際、こう言った一人の先輩は、ナスを掴んでジャグリングを始めた。

なにも面白くないのに、先輩たちはゲラゲラと笑う。


うん、だめだわ、これ。

この人たちに料理をさせたら、火事になってもおかしくない。



幸い、俺は少し料理には心得があった。

俺の両親は共働きで、年下の妹もいたため、作る機会が多かったためだ。


でしゃばりすぎかと思いつつも、手を上げようとしたところ、先を越された。


「はい! じゃあ、私作ります!」


ぴんと細い腕を伸ばすのは、青葉だ。


「みなさんは、そのまま喋っててください。ちゃっとやるんで」


挙げた腕を下ろし、拳を握ってみせる顔は、自信満々である。

これには、先輩たちも新入生たちも安心したらしい。


「いいの!? 助かるわ、ほんとありがとうね」

「やった、青葉さんの手料理だ」


などと、再び会話に戻っていく。


俺はその輪の中にいつつも、対面型キッチンに入った彼女の方はなんとなく目をやった。


すると、彼女は食材たちを一通り手にした後、キャベツ一玉をまな板に置く。

そしてそのど真ん中に、ざくりと包丁を入れた。


しかし、どんな包丁でも一玉丸ごとはそうそう切れない。

ついには両手持ちで包丁を持ち始めたから、俺は慌ててキッチンの方へ回り込む。


すぐに青葉の手を止めた。


「どうしたの、野上くん」

「どうしたのじゃない。なにやってんだよ、青葉」

「なにって切るんだよ?」

「普通、こんな豪快には切らないんだって」


包丁は、キャベツの芯に深く食い込み、抜けなくなっていた。

俺はそれを慎重に抜いてから、まずは最も外の葉から剥いていく。


その上で、平く潰して、刃を入れていった。


「おー、そうやってやるものなんだ。確かに安全だね。でもレシピサイトには書いてなかったよ」

「……基本すきるからな。というか、この状態で、なんでわざわざ立候補したんだよ」


「この間初自炊したんだ〜。まぁまぁ美味しいのできたし、そのノリでいけると思った!」


単純明快すぎる思考回路だ。

たぶんその時も、めちゃくちゃな調理をしていたのだろう。


俺は苦笑いしつつ、キャベツをざく切りにし終える。

続けてナスはヘタを落として、細切りにした。


「野上くん、うまいね。意外かも!」


その頃には、青葉はすっかり見物人モードに入っている。


「やらないでいいのかよ」

「うん。あはは〜、私にはまだ早かったみたいだし」

「じゃあ向こう戻ったら?」

「ううん、ここで見てるよ。参考になるしね」


俺の手元に、なかなか熱い視線が注がれる。


気にしない方が難しいくらいの凝視だ。

が、それをどうにか意識しないようにして、俺は粛々と調理を続けた。


ナス、キャベツ、豚を炒め合わせて、インスタント味噌汁の味噌で味付けを行う。


こうして出来上がった、「即席ナスキャベ豚味噌炒め」は、適当な味付けにもかかわらず、なかなかの好評だった。


紙皿に盛り付けて提供したら、あっという間になくなっていく。

青葉も、うまいうまいと次々に頬張っていた。


というか、一番食べていたと言っても過言ない。


「うまい! お金払えるよ、これ!」

「そりゃあそうだろ。インスタント味噌汁様で味付けてるんだから」

「それだけじゃないってば。野上くんの腕前あってこそだよ。私なら、こううまくはいってないもん」

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