第4話 一応、覚えられていたらしい。
♢
できるだけ連中から離れるため、俺は青葉を背負いつつ、広い園内をひたすらに歩いた。
青葉の体重は、たぶんかなり軽い。
45キロもないだろうが、とはいえだ。普段運動をしていない身には結構ずっしりくる。
そして、なによりは彼女の存在自体が問題だ。
その熱い吐息も、体温も、柔らかな感触も全部が俺の身体を硬直させる。
それでもどうにか歩を止めず、安全な場所を求め、結果として辿り着いたのは、噴水広場だった。
ここがどこにあたるのかは、田舎者の俺には全く分からないが、ベンチがいくつか置いてあり、しかも花見客もおらず静かときている。
俺はそこに青葉を寝かせ、その横に座る。
とりあえず、ひと段落だ。
あとは回復を待てばいい。
俺がほっと一息ついていると、ややあってから彼女が苦し紛れになにやら言う。
「ねぇあなたって……」
まぁ、うん。そう思ってたよ。
俺みたく、クラスの端っこにいただけの人間は、彼女の輝かしい人生にとってはきっと枝葉のようなもの。
覚えているわけもない。
だが、別にそれでよかった。
今回助けたのだって別に、なにか見返りを求めてのことじゃない。
見捨ててしまっては、俺自身の気分が悪かなるからだ。
そう、俺は自分に言い聞かせる。
そして、気づいた。
……あれ、これって青葉からすれば、どっちにしろ知らない人間に連れ去られたことにならね?
「あ、いや、えっと、俺は怪しいものじゃなくて、だな。訳あって、青葉さんを助けに来たというか、えっと別にストーカーしてた訳じゃなくて、今も誘拐なんかじゃーー」
我ながら、酷すぎる。
釈明になるどころか、より変態感ましてね? 超怪しくね? 挙動不審になってるあたりとか、とくに。
状況が悪化している方に気づき、俺は一人、慌てふためくのだが、彼女はなにが面白かったのか突然に吹き出す。
ベンチの上で腹を抱えて、笑い声を上げた。
「な、なんだよ急に」
「いやぁ、ごめんごめん。おかしくなっちゃって。大丈夫、覚えてるよ。野上くん。野上啓人くん。あってるでしょ」
「……覚えてたのかよ、俺みたいなクラスの端にいただけの奴のこと」
「そんなことないでしょ。中三の時は、割とずっと真ん中の席だったじゃん」
そんなことまで覚えていようとは、思いもしなかった。
そうたしかに、物理的には俺はクラスの真ん中にいた。それでも存在感は、限りなくなかったはずだが。
「で、どうしてその野上くんがここに? 落ち着いて聞かせて?」
「酔っ払いに落ち着けって言われたくないけど、そうするよ」
「あは、あはは〜。鋭いこと言ってくれるね」
断続的に笑い漏らす彼女に対して、俺は一度息を落ち着ける。
今の俺は中学時代の俺とは違う。
高校では少し頑張って、友達も増えたし、一応女子との会話もできるようになった。
落ち着けば、大丈夫のはずだ。
「たまたま大学構内で青葉さんを見かけたんだ。そのときに怪しいサークルについて行ってたのを後から思い出して、それで」
明日香のことは伏せて、話をする。
彼女にこっぴどく振られたことなんて、久しぶりに会った同級生、それも大して仲のよくなかった女子に話すことじゃない。
「……そっか、たまたま。でも、そのたまたまから行動を起こしてくれたから、私は助かったんだね。ありがとう」
「気にするなよ、俺の勝手だから。それで青葉さんは、なんであんなサークルに?」
「声をかけられて、どうしても断れないくらい囲い込まれたから着いていった。ろくに調べてなかったんだ。バカだよね、私」
「お人好しすぎるんだろ。世の中、悪い人間もいるんだ」
とくに、これからは間違いなくそういう相手も増えていく。
そんな奴らはたぶん、そこら中に巣食っていて、俺たちを狙っている。
そして一人暮らしを始めたら、もう誰かが守ってくれることもない。
華の大学生活とは言うけれど、決して楽しいことだけではないのだ。
……まぁ俺の場合はそれ以前に、どん底の大学生活が確定しているのだけれど。
再び明日香のことを思い出して、俺が勝手に気落ちしていると、
「ねぇ、野上くん。彼女に振られたーとかそう言う話は? なんか、あのクズの先輩と戦ってるときに言ってたよね」
よもやの追撃に襲われる。
そういえば、青葉を連れ去ろうとしていた大男の股間を蹴り飛ばした時に、つい口にしていたのだったっけ。
「聞いてたのか……?」
「へへ、まーね。意識朦朧としながら、だけどそういう話は頭に残るの。女子って恋愛トーク好きだからさ。で、そこはカットってこと?」
「カットだ、カット。別に、大したことじゃない。文字通りそのまま、振られただけの話だよ」
改めて口にすると、情けなさやらやり切れなさやらが込み上げてきた。
俺は膝に肘をつき、前屈みになる。
そのタイミングで青葉は、身体は起こしてきた。
頭に手をやり、目をぎゅっと瞑り「いてて……」と苦笑いしている。
「おい、まだ寝てた方がいいんじゃないの。アルコールが回ってるんだろ、よく知らないけど」
「大丈夫、大丈夫。それにだんだん頭を上げるのにも慣れていかなきゃ、ここで夜を明かす羽目になるしね。
それより、野上くんこそ大丈夫なの?」
「……俺? 空腹なのと、ちょっと走ったから筋肉痛なくらいだけど」
あとは、青葉を抱えたことで腕も痛いが、これは言うべきことじゃない。
別に、明日までは引きずらない程度だ。
俺が手で足を揉み込んでいたら、青葉は突然思わぬ行動に出た。
こちらへ、ぐっと身を近づけて、顔を下から覗き込んできたのだ。
「な、なんだよ。まだ酔ってるのか」
「違うよ。そうじゃなくて、そんなふうには見えないから」
「どういうふう……?」
「野上くん、悲しい人の顔してる。少しじゃなくて、かなり悲しい人の顔。全然平気じゃないでしょ」
突然の出来事に、突然投げかけられた言葉だった。
俺は目を見開き、青葉と視線を合わせる。
その丸い目は、あまりにもまっすぐで透き通っていて、力があった。
「ただフラれたって、嘘でしょ? 分かるよ、見てたらそれくらい」
どうやら俺ごときの隠し事なんて、その瞳は簡単に見透かしてしまえるらしい。
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