アカデミー

 アカデミーの中は壮観であった。

 流石は国一番の学び舎だからか、聳え立つような校門と広大な敷地。校舎まで伸びる一本道の周りには綺麗な芝生と心落ち着かせる噴水。

 校舎から少し離れた場所には訓練場があり、何故か小さな教会まであった。


「……ユーリ、おはよー」


 アカデミーに入ってすぐ。

 あまりに大きな場所にユーリが興味深そうに見渡していると、校舎付近で聞き覚えのある声がかけられた。


『あの人、賢者の再来って呼ばれている人だろ?』

『すっごく美人……』

『歳がそんなに変わらないはずなのに、すっごい落ち着いてる……』


 アカデミーだからか、歩いてきた道よりも多くの人がこの場には集まっている。

 そのため、容姿や元の有名さ故に目立つのは必然なのだが、ロニエやアリス達もはそんなことを気にしている様子はなかった。

 一方で―――


「ねぇ、なんかすっごい注目されてない?」


 ユーリはようやくというべきか、居心地が悪そうに周囲に反応した。

 哀しいことに声までは拾えないからか、何故? という疑問符が浮かび上がっている。


「そりゃーね、お姉ちゃん達は有名人だし! なんてったって、成績優秀校内外の憧れの的———」

「あぁ、そういうことか」

「……はいはい、信じてくれないんでしょ分かってるよいつものパターンだし」


 胸を張ったアリスが一瞬にして項垂れた。

 自分とて、大好きな親友の弟のことぐらいよく分かっている。ここまで来たらもう直接第三者のお話を聞かせる必要しかな―――


「「「ッ!?」」」

「そりゃ、注目もされちゃうか」


 ようやく己の中で納得できる理由を見つけ、ユーリは何度も首を縦に振った。

 一方で、アリスやロニエ、セリシアはユーリから顔を逸らして赤くなった頬を仰いで冷まし始める。


(……ユーリのこういうとこ、ズルい)

(こういうところは、カレラさんと似ているんですから……)

(ヤバい、アリスちゃん今日めっちゃ頑張れそう)


 三人は、今日もユーリが大好きなようであった。


「……あ、ユーリ」


 その時、ふとロニエがユーリを見て何かに気づく。

 そして、ゆっくりユーリに近づくと、そのまま襟へと手を伸ばした。

 端麗な顔立ちが迫り、ユーリは思わずドキッとしてしまう。

 普段見慣れて振り回されてばかりだが、群を抜いて容姿が整っているから困りものだ。


「……襟、曲がってる」

「あ、ありがとう……」

「……ユーリなら大丈夫だと思うけど、頑張って」


 純粋な、素直な声援。

 端麗な顔が近づいてきたことにより胸が高鳴っていたが、それを受けてユーリはどことなく温かくなっていくのを感じた。


「ぐぬぬっ! 私だってユーくんを応援しているぞ!」


 とりゃ、と。アリスはユーリのポケットに手を突っ込んだ。

 そのあとに残るのは、何やら物が入っているような感触。何を入れてきたのか? そんなことを思って手を突っ込むと、そこから「ふぁいと!」と書かれたお守りが一つ出てきた。


「ふっふっふー、昨日徹夜で作ったアリスお姉ちゃんのお守りだぜ! 私達はユーくんの試験を担当してないから、陰ながら応援応援♪」

「アリス姉さん……」


 いつもは振り回してくる姉の親友達。

 それがこうして応援してくれる。やっぱり、嬉しく思わないわけがなかった。


「ユーくん、困ったことがあったら言ってね!」

「……いじめられたら言うように」

「平民ってだけで変な目で見られやすいんだよ」

「……そういう時はすぐに呼んで、ね?」

「「二度と口を開けないように頭部と胴体を切り離すから」」


 ただ、この先虐められるようなことがあっても自分でなんとかしよう、とは思った。


「ふふっ、ではそろそろ行きましょうか、ユーリくん」


 セリシアがそう口にした瞬間、アカデミー内に大きな鐘の音が鳴り響いた。

 これが何かの合図なのは明白で、続々とアカデミーの校舎前で待機していた受験生達が校舎の中へと入っていく。


「うしっ! じゃあ、ユーくん頑張ってねー!」

「……ふぁいと」


 アリスもロニエも、同じように校舎の中へと入っていく。

 ユーリと違う試験を担当するからか、どうやら一緒に中へ入るつもりはないようだ。


「そういえば、このあと僕はどこに行けばいいの?」


 人の流れ的に校舎の中へ入るのだろうということはなんとなく分かっているが、校舎の中のどこに向かえばいいのかまでは分からない。

 自分の試験を担当してくれるというセリシアに、ユーリは真っ先に尋ねた。


「貴族達一般受験の人は校舎の中で筆記試験を行いますが、特待生枠の受験は訓練場で行われるんです」


 そう言って、セリシアは校舎とは違う方向に歩き始める。

 その進路方向には、数人ほどの同い歳らしき受験生たちが歩いている姿が見えた。


「へぇー……って、今思ったけどセリシア姉さんは僕と一緒に行ってもいいの? 試験監督なんだから、先に行かなきゃいけないとかあるんじゃ……」


 セリシアは受験生とは違う、試験監督だ。

 試験の準備だったり、そもそも贔屓しないように一緒にいてはいけなかったり、集合場所がそもそも違ったり。

 道を知らない調べてないユーリからしてみればありがたいのだが、そこが少し心配になってくる。


「大丈夫です、一度遅刻しても退学にはなりませんっ!」


 大丈夫ではなかった。


「それより、私はユーリくんを試験まで案内する方が重要なんです! もし、や変な人に目をつけられて試験に間に合わないなんてことがあれば……!」

「あははは……大丈夫だよ、流石にそんなことはないだろうし」

「舐めてはいけませんよ? ここは貴族が通うアカデミー……アリスさんの言う通り、平民の肩身が狭い場所で、変な偏見を持つ生徒だっているんですから!」


 なんだろう、凄く通いたくなくなった。

 ユーリはセリシアの話を聞いて踵を返したくなる衝動に駆られる。


「でも、安心してくださいっ! ユーリくんのことはお姉さん達が守ります!」

「セリシア姉さん……」

「最悪、アリスさん達がやらかしても腕一本ぐらいなら私がなんとかします!」


 手遅れにしかならなさそうな発言であった。


「ですが、ユーリくんはそんなこと気にしなくてもいいんです」

「いや、アリス姉さん達が腕一本を切り落とそうとしていることも、繋げられるから大丈夫だと思っていることも気にしかできな───」

「まずは目先の試験、ですよっ」


 そう言って、セリシアは先を歩いてユーリへ指を向ける。


「特待生の入学試験は、なんですから!」

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