朝食(※ダークマター)
実を言うと、ユーリはアカデミーに入るための試験内容を聞かされていない。
それは自分だけなのか、はたまた試験を受ける人全員なのか。
将来は静かなところでのんびりと暮らしていくことが夢なユーリはさしてアカデミーに興味がなく、内心で「落ちたら落ちたでいっか」と思っているため自分から試験内容を聞くことはなかった。
(って言っても、姉さんの顔に泥を塗るのもなぁ)
こんな感じ? と、鏡の前で一回転をするユーリ。
今日はアカデミーの入学試験当日。オシャレに……とまではいかないが、自分の持っている服の中でもしっかりとした服を着たユーリは、自室を出て一階のリビングへ降りる。
そして、そこには———
「あっ、おはようございます!」
可愛らしいエプロンを身に着けたセリシアが、テーブルの上に朝食らしきダークマターを並べていた。
「Oh……」
「ふぇっ、どうして「今までありがとう」みたいな哀愁漂う瞳を向けてくるんですか?」
首を傾げる歳上お姉さん、セリシア。
包み込むような母性溢れる雰囲気とあざとらしいギャップのある仕草が本来であれば胸を擽るのだが、ユーリの瞳からは何故か涙が零れた。
「ふふっ、今日はユーリくんの入学試験ですからね。万全で臨めるよう、張り切って朝食を作ってみました」
セリシア達はよくユーリの家に入り浸っている。
時には夜遅くまで居座ることがあり、たまに空いた部屋で泊まってそのまま登校することが多かった。
しかし、ユーリの記憶が正しければ昨日我が家に泊まったのはアリスだけ。恐らく、早起きしてわざわざ自宅からユーリの家にまで来てくれたのだろう。
「ふぁぁっ……おはよ、ユーくん」
その時、後ろから眠たそうな顔をしたアリスが姿を現した。
「……おはよう、アリス姉さん」
「うん、おはよう……って、どうしたの? そんな「お前との生活、意外と嫌いじゃなかったぜ」的な哀愁漂う瞳を浮かべちゃって」
ユーリの顔を見て、首を傾げるアリス。
何があったんだろうと、アリスはそのままユーリの背中から覗き込むようにリビングを見た。
「あっ、おはようございます、アリスさんっ!」
アリスの視界には、可愛らしいエプロン姿のセリシアと、テーブルの上に並ぶダークマターが。
そして———
「……ユーくん、今までありがとう」
「……来世は、小鳥に生まれてこれますように」
「どうしたんですか、二人共!?」
―――二人はこの世との別離を受け入れ始めた。
「(ね、ねぇっ!? なんでセリシアちゃんが朝食作ってるの!? 作らせない方針だったよね、何が出てくるか分からないから!)」
ユーリの肩を掴み、セリシアから背中を向けてヒソヒソと話すアリス。
その表情からはいつもの明るさなど感じられず、ユーリもまた必死に首を横に振った。
「(僕のせいじゃないっ! いや、間接的に言えば僕のせいかもしれないけど、冤罪だと先に言っておく!)」
「(あれ、なに!? 黒いだけなら「焦げたかな?」で終わるけど、なんか見た目ドロッとしてるんだけど!? マジでダークマター!)」
「(分かるかっ、僕だって! 好きで「なんの食べ物でしょう♪」なクイズを用意させたわけじゃない!)」
やんややんや。
セリシアに聞こえないように話すのはいいが、肝心のセリシアは首を傾げるばかり。
なんの話をしているのだろう? そんなことを思われても仕方ないわけで―――
「あの、お二人共……座らないんですか?」
「「ッッ!!??」」
セリシアの声に背中を跳ねさせる二人。
思わず唾を飲み込むと、恐る恐るといった様子でセリシア作の朝食が並べられているテーブルへと向かう。
その姿は、どこか絞首台へ足を進める死刑囚を彷彿とさせた。
「ささっ、お二人共! たーんとお食べくださいっ!」
キラキラとした瞳でそのようなことを言ってくるセリシア。
愛らしい顔をするセリシアから視線を下に移せば、コップに入ったミルクとドロッとしているようで一部がかなり乾燥しており、ゼリー状のような粉のような……とにかく筆舌に尽くし難い何かがあった。
「セ、セリシア姉さん……ちなみに、今日の朝食は何かな?」
「オムライスです!」
オムライスらしい。
「(卵……卵とケチャップはどこ?)」
「(色が全部黒なんだけど……オムライス容姿は
出されたものは食べる。
食べ物を粗末にはしてはならない。
人として当たり前のことがしっかりできる二人は、キラキラした瞳を受けて「食べたくない」とは言えず、ご丁寧に用意されたスプーンを手に取ることになった。
「(ぼ、僕はいくよ)」
「(ユーくん!?)」
「(一応、僕のために用意してくれた朝食だからね……ッ!)」
「(ユ、ユーくんに危険な目は遭わせられないよっ! だったら私が……ッ!)」
「(いや、いいんだ……これはきっと、神が僕に与えた試練だと思うから)」
ゴクリと、ユーリはスプーンで恐る恐るオムライスらしいものを掬った。
ゆっくりと、ユーリは黒い塊を口の中へ入れ―――
「んー……程よい酸味と甘すぎたりしょっぱすぎたりな味わい、舌を殴ってくるような強烈な辛みと涙を誘うぐらいの苦みがなん…………………………………………………………………………………………………………」
「ユーくん!?」
―――ユーリの意識は途絶えた。
「ふぇっ!? ど、どどどどどどうしたんですか、ユーリくんは!?」
いきなりスプーンを落としたまま白目を剥いて気絶したユーリを見て、慌てふためくセリシア。
アリスは頬を引き攣らせながら、とりあえず彼女をフォローすることに。
「あ、はははは……きっと、美味しすぎて気絶しちゃったんだよ」
「そう、なのでしょうか?」
「う、うん……きっと、ね」
フォローするのはいい。これで優しい女の子が傷つかないのなら。
しかし、ここで問題が一つ。
(わ、私もユーくんのあとを追わなきゃいけないのかぁ)
―――のちに、アリスはユーリと綺麗な三途の見える河で再会できたらしいのだが、これはまた別のお話である。
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