not inherited(黄金色の夢)

OKTY

第1話

それは誰かの見ている夢だろうか。


どこまでも広がる草原が、夕日を浴びて、黄金色に光っている。時折吹く風が、光の波をしゃらしゃらと揺らす。まるであたり一帯が燃えているようだ。命が燃える広大な海。


そこで一頭の雄ライオンが、のんびりと毛繕いをしている。彼のたてがみもまた、燃えるように輝いている。目は片方潰れて、醜いかさぶたに覆われているが、もう片方は宝石のように聡く光っている。深い知恵と、確かな強さを秘めた瞳だ。気持ちよさそうに彼は目を細め、輝きの中に横たわっている。


「おとうさま、おとうさま」


そこにコロコロと彼の子供が駆け寄ってきた。雄ライオンは子育てなどしないから、彼らが喋るのは久しぶりのことだ。


「どうした、我が子よ」

「どうしたら、おとうさまみたいに強くなれるの?どうしたら、おかあさまたちを守れるの?」

「おれのように強くなりたいか」

「うん」

「おれのように、一族を守りたいか」

「そうだよ」

「ならば、よく聞きなさい」


ざあっと強い風が吹いて、父親のたてがみはいよいよぎらぎらと燃え上がった。それを見て息子は、胸の奥を掴まれて、ぶんぶん振り回されるような物凄い気持ちになった。父親は穏やかに言った。


「兄弟たちと、たくさん遊びなさい。明日二度と起きられないと思うまで、精一杯駆け回り、笑い転げなさい。そしてお前の母にたくさん甘えなさい。母が明日死んでしまうという気持ちで、精一杯甘えて、母を困らせなさい。愛していると、体の全てで伝えなさい」


子供ライオンは、なんだかちょっと拍子抜けしてしまった。


「そんなことしたって、つよくなれないや。もっと、ツメやキバをつよくするやりかたをおしえて」


父親は聡く輝く片目を、ゆっくり細めた。愛しい息子の姿をその目に焼き付けるように。


「息子よ。お前の爪も、おれの牙も、いつか簡単に砕け散ってしまう。そんなものでは、これからお前を襲う敵を打ち倒すことはできない」

「ぼくのてき?」

「そうだ。お前と、お前の大切なものに襲いかかる、本当の敵だ」


父親は厳かに言うと、沈みつつある夕日に目を向けた。麗かで烈しい黄金の草原は、ゆっくりと濃い紅に沈みつつあった。


「その敵に立ち向かうには、思い出が必要だ。この草原のように美しい、お前だけの思い出が必要なのだ。兄弟と母親を愛した日々が、お前だけの敵を打ち倒す、お前だけの爪や牙になるのだ」


子供ライオンはなんとなく納得いかない様子で、父親と共に夕日を眺めた。でもこんな綺麗な夕日は久しぶりだったから、彼は父親と一緒にそれを眺めるのがとても嬉しいのだった。


「なんかよくわからないけど、ぼく弟とあそんでくるね」

「そうしなさい」


コロコロと群れに戻っていく息子を見送って、父親はまた気持ちよさそうに毛繕いを始めた。


彼は燃える草原の中に自分の過去を想った。母は早く死に、兄弟とも父親とも殺し合った。苛烈な飢饉が大地を覆い尽くしていた。子供を遺せず死んでいく数多の命があった。その上に、彼は座っているのだった。


――気づいてないだろうが、お前はもう、おれよりずっと強いのだ。


ライオンは満足そうに笑った。


草原は今や、血を塗りたくったように紅く、鈍く光る。一頭の雄ライオンはたてがみを光らせながら、真っ赤な命の波に身を任せていた。


それは誰かの見ている夢だったろうか。

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