第十六章



 一年三組は天城さんの計算どおり、華々しい勝利を、あげなかった。


 それどころか、五クラスある一学年で最下位にランク付けされてしまう。つまり、

惨敗した。


 悄然とクラスに戻った僕を待っていたのは、不景気そうなクラスメイト達だ。


「どうして?」


 思い出すのは天城さんが真剣に計算する姿だ。あんなに集中して一人で放課後ま


で残って計算したのに、何もかもが覆された。 


 元気のないみやが、気配を察して説明してくれた。


「何だかヘンだったんだ、僕らのクラス……その、みんなやる気がなかった、とい


うか、自信がなさそうだった」


「えええ」僕は腰を抜かしそうになった。全てを計算出来る天城さんでも、人間の


行動に関してだけは各個人の協力が無ければ、皆が持てるポテンシャルを活かすこ


とが出来ねば、数式通り物事を動かせない。


 ふふふふ、と聞いていた佐伯えりすは可笑しそうに身を折る。


「計算外、て言うモノがあったらしいよ、だから大失敗」


「何だよそれ?」


 僕はたまらなく不快になる。クラスの力量を試される場での失敗を笑う彼女の気

が知れない。


「みんな天城さんを信用しなかったのよ」


「え?」


 俄に理解できなかった。彼女はあんなに人気者だったではないか。



「バカね、拓生」とえりすが呆れた。



「一人で張り切って、けいさん、とか言っても誰がついていくのよ、みんな実は気


持ち悪かったのよ」 


「そんな……」


「まあ、絶対に勝つハズだったバレーが一回戦敗退、ド惨敗したから、みんなさら


に疑いだしたんだけど」


 その瞬間、僕は悟った。超能力でも毒電波とでも言え。判ったのだ。


 えりすだ。


 佐伯えりすは、クラスの天城さんへの不審を見抜いていて、それを最大限利用す


べく、わざとバレーで負けたのだ。天城さんの計算では圧勝だった試合で。


「て、天城、さんは?」


 奥歯を鳴らしながら策謀の士に尋ねると、えりすは目を細める。


「計算ミスです! はわあ! とか言いながらどっかに逃げていったわ。あのお嬢

様」


 くすくすと、鈴を鳴らすように笑う。


「本当、サイアク」えりすに同調した女子生徒達が囁き合っている。


「天城さん、あんなに自信タップリだったのにね。何? 計算って! キモいって

の」


 ひそひそと天城さんに関する悪意の花が咲く。


「俺たち最下位かよ、違う人に決めて貰えばよかったな」


 本来ならば擁護するはずのイケメンスポーツクソ野郎が、仏頂面で肩をすくめた。


「ふざけんな!」


 僕は怒鳴っていた。腸が煮えくりかえるとはこの状態だ。きっと今なら人食い虎

も、


 僕のホルモンを美味しく頂けるだろう。


 天城さんは必死で、クラスのために計算していたのだ。その姿はずっと目にして

いた。


 誰よりも早く登校し、なのにずっと遅くまで学校に残って、クラスのために訳の


分からない数式と格闘していたのだ。


「で、天城さんは? どこに行った!」


 突然の剣幕に、クラスメイトは目を白黒させている。


「知らないわよ!」不機嫌に答えたのはえりすだ。


「負けが決まったら泣きながら走っていったわよ」


「くそっ」


 僕はびっくり箱の勢いで教室から飛び出した。


「なにさ、拓生!」


「拓生君!」


 えりすとみやが背後で驚いているが、構っていられない。


 僕は探した。真面目で、どんなことも計算できて、しかし実は万事自信のない天

城さん。


 新入生歓迎会が終わり、倦怠のようなゆったりとした空気が流れる校舎を、走っ


て走って、走って走って探した。


 天城さんの可憐な姿はない。


「天城さん、どこだ」一つ呟いて、唐突に思い出す。


 彼女と初めて胸襟を開いて語り合った場所だ。二人で見送った紙ヒコーキ。


「屋上!」


 予感は的中していた。


 階段を駆け上がり、鉄の扉を押し開くと、どんよりとした雲の下に天城さんはい

た。


 ちっちゃく、萎れた花のように、屋上の隅で体育座りをしている。


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