第十五章


「な、なんだよ? えりす」


「あたし、バレーに出るんだけど、応援しなさいよ!」


「だって、バレーは一〇時からだろ? ソフトボールがその前に……」


 えりすのほっそりとした指が持ち上がり、僕の耳をぐねっとつまむ。


「いたたた、離してよ」


「バレー、体育館。今から、練習、あるの!」


 どうやら試合前のアップから応援しなければならないらしい。


「意味ないだろ!」


「あるわよ」とチチ揺れ鑑賞を望む僕の抗議が、あっさり叩き落とされた。


「あたしたちの初戦の相手、一年四組、運動バカの集まりなのよ。バレー部で一年


レギュラーのゴリラブスもドラミングしてんのよ、結構しんどいの」


 だからって僕が練習からいても変わらないだろうに。


 チチが揺れるんだぞ! ケツも!


「来なさいよ」


 えりすは僕の願望に構わず容赦なく耳を引っ張り、激痛に涙がにじむ。


「大丈夫です」


 その悲惨な姿が哀れだったのか、天城さんが入ってくれた。


「何? あんた?」彼女を認めて、えりすは舌打ちをする。


「……あんたは適当に競技決めたけど、勝てるかどうか判らないのよ」


「大丈夫です、勝てます」


「は?」


 僕の心胆を真冬にさせる苛立った様子のえりすに、天城さんは真剣に訴えた。


「私は計算しました、皆さんの運動能力、クセ、性格、人間関係、全て計算してメ


ンバーを選びました、だから計算上、一年四組には負けません」


 心なしか天城さんが胸を張ったようだ。僕の視線は豊かな双丘に釘付けだ。


「へええ」とえりすは見下したように肩をすぼめた。


「それは凄いわね……で、だから?」


「だから、勝てます、計算通り」 


 冷ややかなえりすに抗して、天城さんも眉根を寄せた。


「ふ」その様子を、佐伯えりすは嗤う。


「計算……どおり?」


 僕の胸にごつごつした暗雲が嵩張りだした。


 嫌な予感は質量を持っている、肩当たりもずっしり重たくなる。


「そう」とえりすは僕の耳を解放した。


「判った天城さん、そうね、あんたを信じてみる、何てたったあんた、頭イイもん

ね?」


 えりすらしくない優しい言葉だ。あり得なさすぎる、たまらなく不安になった。


「んじゃあね、拓生、あたしたちの勝利、計算された勝利を待ってててね」 


 わざとらしく手を振ったえりすは、僕が何かを言う前に駆けていく。……廊下を


走ってはならない、という常套句は通じない。廊下を走る子はやはり悪い子なのだ。


「……大丈夫ですか? 耳、酷いですね」


 呆然とする僕を天城さんが気遣ってくれるが、普段なら嬉しいだろうに、考えが


及ばない。


 酷い悪寒に震えが止まらなかった。

 



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