第十四章

 こんこんと天城さんは変わらず躍動的にチョークを走らせている。現在、黒板に


書いているのは数式、ではなく英語の長文なのだが、


 恐らく『計算』済みなのだろう。


 天城さんの解答が正しいことは、傍らで見守っている英語教師の大木先生の余裕

で判る。


 やはり彼女の『神算星読』は凄い、感心してため息をついてしまう。


 天城さんの本質と微かに触れあった屋上以来、僕らの仲は急速に近くなった。


 恐らく、今まで彼女の周りにいた者は、頭が良い、真面目で、優しく明るい、完


璧な美少女、としての天城さんしか見ていなかったのだろう。


 しかし、僕は天城さんが実は人付き合いが苦手で、あまり物事に自信が無く、ど


んな事柄も事前に計算しなければ試せない内気な普通の女の子だ、


 と判ってしまった。

 

 それを前提にして彼女と接していると、いつの間にか関係性は変化していた。


 どこが? と聞かれたら困るのだが、明らかに僕だけに見せてくれる笑顔と、こ


っそりと囁く言葉がある。


 時にそれは、万人に愛される彼女とは思えない一言であったりするが、僕は納得

した。


 やはり天城さんも感情のある、むしろ多感な年頃の少女なのだ。


 天城さんが英文を書き終わると、大木先生は大げさに手を叩いた。彼女は恥ずか


しげに視線を落とし、席に戻る。


 一瞬目があった。


 瞳がぱっと輝いたように、彼女の唇が綻んだように見えた。


 ごごごごごという黒い波動を感知し、一瞬で背筋が強ばる。 


 僕は振り向かない、その必要がない。二つ離れた後ろの席で、えりすが憎しみに


双眸を輝かせていることは知っている。


 どうしてか、えりすの様子がおかしい。


 いつの間にか嫌われていた、から、殺意を持たれていた、にレベルアップしてい

る気がする。


 クラスチェンジと言ってもいいね。


 僕的には生命的にダウンだけど。


 かつてのように何かを投げつけたり、という直接攻撃は減ったが、その分無言の


圧力は大きく、重く、熱くなっているような気がする。


 額の汗を拭きながら、急いで思考を戻した。


 天城さん……彼女の『神算星読』というのは実はまだ分からない。


 放課後、赤く暮れた教室で二人きりの時に詳しくコツを教えてくれたが、まず僕


には数式で英文を解く、という意味が分からないし、運動等も数式の連なりだ、と


いう主張にぴんとこない。


 恐らくそれは特殊な才能なのだ。


 音楽家や画家のような芸術的な、天からのギフト。


 それを駆使して、毎日遅くまで新入生交流会の一年三組必勝の数式とやらを組み


立てているのだが、細かく説明して貰っても、ギフトを受けていない僕にはちんぷ


んかんぷんだ。分厚い紙のリストの中に僕の一〇〇メートル走のタイムも記されて


いるが、頭が痛くなったので、それについて細かくは尋ねていない。


 天城さんに任せておけば全て大丈夫に決まっている。



 新入生交流会は巻野高校の伝統行事だ。


 簡単に説明すると、入学してから二ヶ月経ちそろそろ学校環境になれた新入生達


と、上級生達をより仲良くさせるために、大規模な運動大会をしよう、という趣旨

だ。


 全校生徒参加必須行事の一つであり、


 野球、ソフトボール、バスケット等の球技から、


 短距離、長距離、リレーまで、およそ受業で行うスポーツの全てにクラス単位で


参加して順位を競う。


 大げさな事だが、一年生の運動に関する学年順位を上級生にランクづけされてし

まう、


 意外に重要な催しでもある。


「勝ちます、計算通り」


 それに関して、天城さんはかなり自信があるようで、ホームルームの時、高々と


宣言して見せた。


 一年三組担任、細井先生の諸注意が終わると、クラスメイト達はそれぞれ参加す


る競技の時間が書かれたプリントを手に椅子を立つ。


「さてと……」


 僕もプリントでひらひら扇ぎながら、廊下に出た。


 出場する一〇〇メートル走と走り高跳び、バスケットが始まるのには早いが、そ


の他の時間はクラスメイトを応援する、という暗黙の決まりがある。


 ウザくてだるいが、朝一から始まる女子ソフトボールでも見に行こうかと決めた。


 女子のチチも揺れるし……ケツも揺れるのだ。 


「東雲君!」


 突然呼ばれたので驚くと、はにかむ天城さんがいた。


「て、天城さん……どうしたの?」


 彼女は頬そめて視線を下げる。


「あ、あの、私、一所懸命計算しました……だから、頑張って下さい」


「あ、うん、ありがとう!」


 意識して力強く答えると、彼女の表情が輝いた。 


「あ、拓生!」


 このままもう少し天城さんと言葉を交わしていたいが、不機嫌そうな声のえりす

が割って入る。 

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