第十三章


「拓生! このゴミ! どこ行っていたのよ?」


 消しゴムとかコンパスとかとは比べ物にならない凶器を、むしろ狂気を投げてよ


こした佐伯えりすが、近づきながら詰問してきた。


「な、なな、何て事をするんだ! これ……死ぬって」


 ゴム床でぎらぎらと殺気を発散する鉄塊に目眩を覚えると、えりすは薄く笑って

指を鳴らす。


「そう? おっしー」


 天城さんとの交流で上がったテンションが急激に落ちいく、温もりも冷え切った。


「こ、このあり得ない凶器は何だよ! 学校に、神聖なる学舎に何を持ってきてい

るんだ!」


「うるさいわねえ、それは文鎮よ。ノートとかを固定するための文房具。どこから


どう見ても合法な、まっとうな勉強に必要な道具」


 文鎮、言われた僕は異称文鎮を見直した。


 噂に聞いていた文鎮とは、もっと平和的な創造物だったはずだ。えりすが投擲し


た塊はいびつに丸く、どこかの採掘場から掘り出された生々しい鉄そのものだ。


「どっからこんなもの見つけてくるんだよ!」


「どうでもいいでしょ? てか、実は敢えてハズしてあげたんだからね? さあ言


いなさいよ! どこに行ってたの?」


 気配を感じて遮ろうとしたが、その前にえりすは鉄塊を拾い上げ、肩の上に構え

る。


 いつでもカタパルト発射可能だ。


「ど、どこって……わー、やめろよ!」


 教室は静まりかえっている。さすがに誰もがえりすの取り出した文鎮に、度肝を

抜かれていた。


 だが、


「き、君は何て事をするんだよ! 頭がおかしいのかい?」


 一人、たった一人だけ僕のために猛獣に立ち向かってくれる者がいた。小さな体


を確認するまでもない。


「み、みやー!」


「これはある意味犯罪だよ! 常軌を逸しているよ。君はどうしようもないな! 


もうこうなったら僕が罰を与えるよ」


「毎回毎回毎回うるさいわね! この女男! これは拓生とあたしの問題でしょ?


 キモいから入ってくるな!」


「君は自分がどれだけ拓生君に迷惑かけているか自覚しているのか? 拓生君は君


の存在により不憫で不当な目に遭っている、かわいそうな子犬ちゃんなんだよ。君


は拓生君にとって邪魔なんだよ!」


「邪魔? 邪魔ですって? え? あたしが? あたし? この……あたし?」


 突如えりすの表情が変わった。今まで見えていた余裕が消え、端整な顔が歪む。


「そうだよ、君さえいなければ拓生君の周りは平和なんだ」



「…………」



 はたと気付いた。えりすが無言だ。



 それは、それは、とても、とても、危険な、兆候なのだ。



 顔を覗いてみると、案の定えりすは人形のような無表情になり、目、左側の色が


変わり始めている。緑の光彩が金色へと……。


「お、屋上です! 僕は屋上にいました。これでいいですか? えりすさん」


 えりすの変化に心底怯えた僕は、彼女の疑問を解消することにした。


「……屋上? 何してたのさ?」


 えりすは相当機嫌が悪い、その証として地を這うように低い声だ。


「う、うん、天気がいいから……日に当たってた……ホント、だからもういいか

な?」


 僕がなめくじより下手にると、えりすはしばし虎狼院みやを見返していたが、


「ふん」


 と踵を返す。


「拓生君、大丈夫かい?」とみやが僕を案じてくれるが、実は違う。


 命の危機にあったのは、みやの方なのだ。


 怒りを隠さず、通路の机や椅子やらを蹴りながら進むえりすの後ろ姿を、僕は恐

怖の眼差しで見送った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る