第十一章

そして彼女の目は清廉な空色になる。



「神算星読、終了」



 次の瞬間、紙ヒコーキは飛び立った。それほど振りかぶってもいないのに、魔法


のようにテイク・オフする。


「うそ」僕の口は開きっぱなしだ。


 紙ヒコーキは飛翔する。


 つい先程一メートルも空中にいなかったはずなのに、落ちる様子など素振りもな


くぐんぐんと空を滑っていく。


 あっという間に白い点になってしまった。


「て! あれ、何メートル飛んだの? これ何? 魔法? 君は魔法使い? 魔女


っ娘アニメも大好きです!」


「いいえ、計算したんです」


「ええっと……」


「……風の向き、空気の暑さ、紙の質、全てを計算して、絶対に落ちない道を見つ


けて、そこに置いたの」


 さっぱり判らない。この娘、可愛い顔して異国の言葉を口にする。


「これが神算星読、です」


 恥ずかしそうに、恥じたように彼女は顔をそむけた。


「あれって……どこまで行くの?」


 まだ辛うじて視界にある白い点に目をすぼめながら、意味もない質問をしてしま

う。


「はい、あと20メートルほどで電信柱にぶつかり、その下のゴミバケツに入りま

す」


 そこまで……けい、さんて?


 徐々に事態が判ってきた。


「これ、スゴい、天城さん、凄い! 超スゴい! それ、いいなー」


「あ、ありがとうございます」


 素直な天城さんの手を、僕は興奮して掴んでしまう。


「いや、これって超能力みたいだよ! もはや人間のレベルを超越しているよ。こ


の下等生物ども、って他人を罵倒できるよ! 天空の城から落下していく人を、ゴ


ミと言えるよ。まあダメなフラグだけど……羨ましいなー、クラスのみんなに言ったらきっとスゴく……」


「それは、やめてください」


 天城さんの顔が青みがかり、僕の手から自分のそれをすっと抜く。


「で、でも」


「私の計算は、実は他のことにも使用しているんです……その、他の人との良好な


距離の取り方、とか悩みの聞き方とか、だからバレたら私、困るんです……それに」


 困る、バレた所でこんな高度な技を遮られる者はいないだろう。だが天城さんは


真面目に続けた。


「……それに、残念なことに記憶力はさっぱりなんです。だから難しい問題だと計


算式を見ながらじゃないとダメなんです。人との特別な会話とか」


 落ち込んだような姿だが、僕にすればあんな膨大な数式を覚える方がどうかして

いる。


「だから、さっきは助かりました! 『おつき合いお断りします』の数式をまた無


くしてしまって」


 なんとなく、なんとなくだが感謝の理由に思い至った。


 つまり、天城さんは僕らが思っていた完璧少女ではなく、ずっと陰で努力して来

たのだ。


『神算星読』という……訳の分からない能力があるようだが。


「で、でも」


 ここでふと疑問を見つける。


「さっきもそうだったの? 告白を断るために? こんなに計算しなくても『NO、

キモい!


何うわごと行っているのよ? あたしとつき合う? バカなの? それとも自分


がミジンコよりも程度の低い下等生命体であることが判らないの? ああ、バカだ


から判らないのね? 


もういい、死になさい、ほらほら早く! 仕方ないわね……選ばせてあげる、消滅


するか死ぬか殺されるか、どれがいい? ああ、面倒、どんな死に方がイイ? も


うっ、イラつく、殺される前に言うことはない? すっごく痛いけど泣き叫んでい


いわよ』で十分じゃない?」


 天城さんは何でか目をぱちくりさせ「そ、そんな酷いこと……」と消え入りそう


な声になるから、僕は首を傾げた。


 これは目の前で昔聞いた言葉そのままだ。『ある女の子』が人気の上級生に告白


された時、その『女の子』……S・Eは前々から用意していたかのように流暢に、


告白者の心をへし折った。ちなみにプライバシーの問題で『女の子』はイニシャル

までです。



 佐伯えりすだけど。



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