第十章
僕が天城さんに連れてこられたのは、学校の屋上だった。
梅雨の六月が近いと言っても、まだまだ五月の空は輝いていた。真っ青な空に、
何者にも邪魔されない太陽が輝いていた。
天城さんは人気のない屋上まで来ると、浅く早い呼吸を繰り返しながら手を解放
してくれた。
「……また、また助けられちゃったね」
天城さんのはにかみは天上界の天女のようだ。ほら、僕の視界に白い天使が舞っ
ている。
いかん! 感激に気が遠くなっていく。天使って可愛い……蘇る信仰心。神はい
る! さようなら! ダーウィン。
「いや! ええっと……」
己を克己し意識の混濁に耐えた僕に、天城さんは明るく笑った。
「あのね、私、あの先輩に三日前に告白されたんです……返事が今日だったの。だ
から断るために計算したんです」
「け、いさん?」
「うん、私……実はあまり他の人とのコミュニケーションが上手く取れなくて、い
ちいち計算しないとダメなんです」
コミュニケーションが上手く取れない……驚きの言葉だ。あんなに皆に信頼され、
友達もいる、実際、天城さんの周りは彼女に好意を抱いている者達でいつもいっぱ
いだ。
「それは……」疑問に彼女は人差し指を太陽に向けた。
「計算しているからです……それを私は神算星読(計算おわりです)と呼ぶことに
しています」
「神……? けいさん?」
「ええ、どんな風にみんなと接したらいいか、どんな風に勉強すればいいか、どん
な風に会話をすればいいか、みんな計算するの」
「ええっと…………数字で?」
「はい」と天城さんはノートの一枚、みっしりと書き込まれた式の面を向ける。
「私は何もかも計算できるんです。こうやって式を作って、この世の何もかもを、
それが例え理系でなくとも、古文とか運動とか、全部……それが神算星読」
「じょ、冗談だよね?」
「いいえ……そうですね、みんなにはよく分からない、て言われますね……でも本
当、私、人の行動も計算できます……うん、そうだ! これ」
天城さんは手にした紙片に目を落とし、折り目のまま折り返した。先程僕が折っ
た紙ヒコーキを再生させた。
「これ、ここから投げるとどこまで飛ぶと思います?」
学校の屋上から、見知った街並みを示す。
「そんなの」天城さんの瀟洒な手に似合わない、自分作なのが切ない不細工ヒコー
キを見つめて、僕は首を振った。
「すぐに落ちるよ……実際、さっき飛ばなかった」
「いいえ……」
たおやかにかぶりを振った天城さんは、周囲の風景を何度も見回して、口の中で
ぶつぶつと何か呟き始める。
「……ええっと、ううんと、うーっと、だから、そうして、こうなると、ああなる
から」
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