第九章
生徒は滅多に使われない、職員室等が入った第二校舎一階の階段だ。
天城さんは二回り縮んだ様子で、ただじっと床を見つめていた。そして、その前に
背の高い男子生徒の背中があった。
僕は思わず白壁の陰に隠れ、片目だけ覗かせてその様子を見守った。
後ろからでも判る均整の取れた体つきをした男子生徒は、何か天城さんに必死に訴
えていたが、彼女にとっては楽しい内容ではないらしい。目を見開いて硬直してい
る。
これは……僕は顎に手をやり考えた。天城さんの様子は何か見覚えがあった。
ボーと完全停止……停止、手元の紙、停止、手元の紙。
僕は隠れていた場所から男子生徒の背後に回り、天城さんが気付いてくれることを
祈って、再度拾った数式の紙をひらひらと振ってみた。
気付いた。彼女の顔にさっと血色が戻る。
やっぱりだ。
天城さんはすがるような視線を送ってきた。目の焦点が完全に僕の手の紙に固定さ
れていて、それが動く方向に彼女の顔も傾く。
無言の要請を受け、困惑した。
男子生徒と二人で話している彼女に、歩いていって渡していい物か……何かわざと
らしく気まずい。
あ、と心づき、手にした紙を素早くヒコーキに折る。不器用故に不細工な紙ヒコー
キになったが、何とかなるだろう。
えい、と投げるとヒコーキなのに飛行せず、回転しながらそれでもなんとか天城さ
んの足元には届いた。
「なんだ?」
男子生徒が、突然背後から紙ヒコーキが投げ入れられた状態に振り返る。
僕は驚いてしまった。その顔には見覚えがある。
茶色く染色した髪を長く伸ばしてピンでまとめ、耳には校則違反すれすれのピアス
が光っている。
顔の作りは非常に整っていて、スキンケアも欠かさないのだろう、男なのに肌がさ
らさらなキモい奴、陽キャの中の陽キャであるバスケ部所属の二年生だ。
ムカツク奴の上位№一0に入り学年カーストでも上位のイヤな一軍イケメンでもあ
るが、今回のことでさらに一ランクアップした。
おめでとう! №9。
「なんだお前?」
その上級生が、僕の姿に気付いて不快そうに眉を上げる。
うわ、と半歩下がる。男子生徒はただのイケメンではない。
この年頃はヤンキーがモてるのだ、だからモてたいヤローはヤンキーを目指す。
天城さんの前の男子生徒も例外ではなく、もしバトル的な展開になったら一溜まり
もない。
二ランクアップだ。おめでとう! №7。
僕がイケメンの眼光に肝を冷やしている間、天城さんはかがんで足の近くまで届た
紙ヒコーキを拾い、それを開いた。
じっと内容、数式を見つめている。
「先輩!」とはっきりとした口調で天城さんが話し出したから、イケメンは天城さん
に視線を戻した。
「私はあなたとつき合えません……私は実は欠点ばかりのダメな女なんです。嫉妬深
いし執念深いし、先輩にはつり合いません。きっと先輩にはもっといい人が現れま
す、では!」
ここまでで判ったのは、天城さんは告白されていた、ということだった。
「な!」と絶句する№7に深く頭を下げた彼女は、頬を硬直させて僕にずんずんと近
づいてきた。
突っ立ったままの僕の腕をぐいっと掴み、走り出すかのようなスピードでさらっていく。
訳が分からないからなすがままだ。
拉致は犯罪です。
お返しに犯罪的なことしちゃうぞ。
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