第二章
他に人のいない森の中で、葉っぱで『ある部分』を隠す二人。
もちろん、天城さんは大部分見えるから恥ずかしがって、茂みから出てこない。
茂みで茂みを隠す仕組みだ。
天城さーん、これから二人で子孫を残すから、出ておいでー……。
「……どうしたの? 東雲君? 大丈夫?」
はっとすると、天城さんは引きつった笑顔でこちらを伺っている。辺りは森ではな
く楽園でもなく、通学路の途中にある車道の前だ。
「う、うん、もちろん、超大丈夫さ!」
「そ、そう、じゃ、じゃあ私、行きます……学校でね」
彼女はぎこちなく会釈して、横をすり抜けていった。
呆然と小さな背中を見送ってしまった。同じ目的地なのだから一緒に行けばいいの
だが、その時には考えが及ばなかった。
「ま、いいか」で済ませた。
今日は朝から実に運がいい。この出会いはきっと運命の女神の複雑かつ繊細な糸た
ぐりによって演出されたものだろう。
僕はスキップでもしたい衝動に駆られ、足を上げかけたが、背中をばしりと誰かに
叩かれた。
「な!」
痛みに振り向くと、
天城さんより一回りは小さい胸が間近にあると気付く。
「そうやって……」
柑橘類の爽快な匂いに誘われると、猫を思わせる大きな目が睨んでいる。
「胸の大きさで女の子を判別するクセ、あたしは別に気にしないよ、あんたの勝手だ
からね」
僕が思わず仰け反ると、佐伯(さえき)えりすが嗤った。
「大体、あたしはあんたに小五までハダカを見られていたからね、そんなに悩まない
な。何てったって、胸はちょっと大きさが変わったくらいだから。その他の部分に触
れたら殺すけど」
えりすは鞄を持つ手をスイングさせ、凶器に変わったそれの角で僕の膝を殴った。
痛い、超痛い。教科書の入ったバッグは僕にとって重すぎる。
ヘンなクセにはならないのだ。
「何するんだっ!」
「文句? 言ってみれば? その後どうなるか、わからないケド」
喉が言葉と空気に詰まった。
えりすとのつき合いは一五年、その恐ろしさは骨身に染みている。
「ふん」と軽蔑したようにえりすが目を細めるから、僕の心は湿ったポッ〇ーのよう
に容易く折れた。〇ッキーは太いジャンボが好みです。プ〇ッツ? アレ何のために
あるの?
まあともかく、彼女は幼馴染みだ。同じ幼稚園のねこねこ組になってから、縁がず
っと続いている。
幼稚園、小学校、中学校、高校……本当は途切れて欲しい宿縁である。
「うん? 何?」
勘の鋭い彼女は、下からのぞき込むように威圧して来た。
父親が欧州人のえりすの瞳は、淡い緑色だ。そしてショートにした髪は仄かに赤
く、くせっ毛で所々跳ねている。
目は大きく、鼻も少し高めで、唇は艶のある紅色。
誰もが一目見たら、彼女を可愛らしいと思ってしまうだろう。
間違えて。
ぐりっとえりすの靴、学校指定無視のコンバースが僕の靴を踏んだ。
えりすの性格は最悪だ。暗黒で真っ暗だ。肌の色は白人の血のお陰で新雪のように
白いが、心はブラックそのものだった。クリープのないコーヒーなんて。
僕もここまで成長するのに、どれだけ傷つけられたかわからない。昔はいつも一緒
で、誰よりも仲がよかったのに。
そうだ、昔二人は結婚の約束までしていたのだ。子供の頃のたわいもない誓いだ。
だがある時、それは一瞬にしてブチ壊れた。
「それにしても」えりすはくすくすと嗤う。
「あんた、『刃苦怨』にびびってたね? 笑えるなあ、固まって知らんぷり」
な! いつからえりすはいたんだ? 特有の甘酸っぱい柑橘類の匂いを察知し損ねた。僕が
インストールした女の子センサーをかいくぐるとは、なかなかのステルス能力だ。
スパイにでもなるために遠い異国に留学しろ。
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