第7話 実技試験、開始!

「では、筆記試験を合格した者達による実技試験を行う。まずは、運動能力から測定するぞ!」


 俺たち、一次筆記試験に受かった者たち全員は支給されたジャージに着替えて運動場に集められている。


「まったくハルトくんにはビックリだよ。思いの他、短気でお人好しなんだからね」


「俺自身もびっくりですよ。自分が、あんなに女の子の涙に弱かったなんてね。でも、教官に知らせてくれたマサアキさんにも感謝です。おかげでアノ子も大事にならなかったですし」


「僕も、女の子が泣くのは嫌だからね」


 あの後、俺や女の子、逃げた御曹司にも事情聴取が行われたが、『何も』起きていない事になった。

 女の子が事件にすることを嫌ったのもあるし、御曹司もこれ以上何もしないと宣言したからだ。


 ……教官を通じて本社に話がいくらしいから、あの御曹司も御無体な事を女の子には出来ないだろうってさ。バカでも自分の立場くらいは分かるんだろうな。ここで何か悪事をすれば、企業の社会イメージを大事にするグループ全部が敵に回りかねんし。


「ありがとうございました。あたし、実家に帰って家業の工場を継ぎます」


 女の子は、俺に感謝をしながら士官学校を去った。

 彼女が言うには、実家バイオ工場の負債を返すために彼女が「生贄」になったらしい。

 御曹司の身の回りのお世話をするためのメイド代わりだったらしく、性奴隷になる危険性もあり得たそうだ。


「で、ハルトくん。運動の方はどうなんだい? 魔法使いでも逃げる脚があった方が有利だよね」


「一応、そこそこは鍛えてきました。師匠からは接近戦での戦い方も色々と教えてもらっていたので」


「おい! そこの二人。持久走中は私語厳禁!」

「「はい!」」


 グランドを何周もしながら話し合う俺ら。

 師匠に存分に鍛えられた俺はいざしらず、一見優男なマサアキさんも俺に追従しながら楽に走る。


「あの御曹司、ひぃひぃいいながらも走れてはいますね、マサアキさん?」


「多分、アプリの効果かな? 運動アプリで高効率な走法は自動的に出来るけど、心肺機能はサイバネにしないかぎりは鍛えた分以上にはならないからね」


 御曹司、取り巻きに囲まれて走ってはいるが、かなり息が荒れている。

 それでも御曹司の走るフォームは一切崩れていないので、そこは確かにアプリ任せなのだろう。


 ……勉強だけでなく運動もアプリで制御とは、便利だな。こういうところでも資産・身分差が出るわけか。


 数日前に見たダンジョン周辺にあったスラム街。

 そこに居た人達は教育や娯楽どころか日々の食事にも困るくらい貧困で、IDを持たない人も多い。

 俺が助けた兄妹きょうだいもスラム生まれでIDを持っていなかった。


 ……二人が引き離されることが無ければ良いなぁ。


 片や、企業重役の家に生まれれば「企業貴族」として裕福な生活が送れ、高度な教育も受けられる。

 その上、電脳化により様々な技能を努力もせずに得られるのだ。


「ふぅふぅ。ゴール!」

「ハルトくん、お疲れ様ぁ」


 俺たちは持久走、1500メートルを無事走り切った。

 走り切れずに倒れている者も数人いる。

 ハイテクに頼り切って体力がない現代っ子なのだろう。


「よし! では、一休み終わってからボール投げと懸垂をするぞ」


 まだ息が乱れて倒れ込んでいる俺たちを覗き込みながら、オカダ教官が次の試験内容を説明する。


「こんな事をして実戦に役に立つのかぁ!」


「その意見、いずれ身をもって間違いだと知るぞ。ここでは、家の格なんかは問題にしないからな」


「ひぃぃ!」


 教官の宣言に文句を言った御曹司は、悲鳴を上げた。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「これにて運動実後は終わりだ。ここから先は希望者のみだが、格闘実技を行う。腕に自信がある者は、試合をしてみないか?」


 沢山の運動試験を行った後、息を切らした俺たちにオカダ教官が追加の試験を提案する。

 実技の一環で戦闘技能を見てみたいらしい。


「試験教官! そこの坊や、かなり腕に自慢があるそうですよ? おい、俺の仲間と戦ってみないか?」


「と、渕島ふちじまくんが言っているが、どうなんだ? 御子神みこがみくんは、確か『魔法使い』だったはずだが?」


 教官は手持ちのタブレットで俺たちの情報を見ながら、問いかけてきた。

 俺が魔法使いなので、接近戦に不向きなのだろうと心配しての事だろう。


「……大丈夫です。その代わり、武器を使っても良いですか? もちろん木刀とかですが。あるなら、杖を使いたいです」


「と御子神くんが言っているが、そちらはこの条件で大丈夫か?」


「ああ、構わない。増田ますだ、お前は素手で行け!」

「御意」


 御曹司が自分の護衛、サイバーアームの青年に声を掛ける。

 マスダという青年は、怖そうな笑顔で俺を睨みつけた。


「ハルトくん、大丈夫? 彼、たぶん実際に人と戦ったことあるよ?」


「殺し合いじゃないから大丈夫……と思いたいですね。俺、錫杖しゃくじょうで戦うのは少々慣れているから多分」


 俺とマスダの回りから人が離れていく。

 俺はオカダ教官から長さ一.五メートル弱くらいの木製杖を貰い、ぶんぶんと振り回して重心を確認した。


 ……念のために加速呪文を使っておこうか。敵はサイボーグだし。


「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」


 俺は印をさりげなく結びながら、韋駄天スカンダの加速呪を小声で唱えた。

 これで敵の動きに追従できるはずだ。


 ……あいつ、両腕や左目はサイバネらしいけど、他も何処まで改造しているか分からないよな。

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