第6話 合格発表の裏側で。

「やったぁ! 児山さん。俺、俺……。筆記試験、合格してました」


「本当に良かったね、御子神くん。キミの今までの努力は無駄にならなかったんだよ。あ、因みに僕も合格してたよ」


 優しい児山さんに励まされ、合格者IDが提示される中庭の情報掲示板に向かった俺。

 無事、俺の番号が表示された事に喜び、泣いてしまう。

 児山さんも、俺の合格を自分の事のように喜んでくれた。


「お前、オレに恥をかかしてくれたな! どうしてあのくらいの筆記試験で不合格になる?」


「そうだ! 渕島フチシマさまの配下になれるという機会をお前は無駄にしたどころか、フチシマ様の顔に泥を塗ったのだぞ!?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、タダシさま。あたし、勉強が出来る環境に今まで居なくて……」


 そんな時、先程気になっていた集団。

 偉そうな感じの少年とサイバネ青年が一緒に居たグループ内で、もめ事が発生していた。


「そんなのは理由にならん。問題が分からないのなら電脳化して、脳内に知識データバンクや計算機を仕込めばいいじゃないか! 現にオレはそうしてるぞ? 電波が届かなくてもスタンドアローンモードにすればいい」


「……電脳化が可能なくらい家にお金があるのなら、あたしはこんな処に居ません。借金返済のために、あたしは父から半分無理やり頼まれて急に受験することになったんですもの」


 どうやら一人不合格になった少女がいるらしく、取り巻き連中や雇い主らしい少年から非難されている様だ。


 ……気分が悪いな。一人を寄ってたかってイジメるなんて。それに主とやら、聞こえる範囲じゃカンニングしてたみたいだぞ?


「あれ、気になる? 僕も聞いてて嫌だね」


「児山さん、聞いて良い? 筆記試験の時に電脳化で得た能力を使っても良いの? カンニングじゃないの?」


 電脳化、様はコンピューターと脳の融合技術。

 電極を埋め込んだり、マイクロマシーンなんかを使い脳細胞とネットワークを繋ぐ。

 またアプリと呼ばれる技能ソフトや追加記憶装置を組み込むことも出来るらしいと、以前テレビで聞いたことがある。


 ……これまた、魔法とは相性が悪いんだよな。脳をいじってしまうから折角の魔法・霊能力が失われる危険性があるし。


「それはね。あ、僕の事はマサアキって呼んでよ、ハルトくん。試験監督の教官が言ってなかったっけ? 『見つからないように』って。また『全て』の能力とも言ってたよね。この全てには色んな物が含まれるんだよ。家の格、両親の社会的地位、資金、魔力、学力、そしてサイバネや電脳化もね」


「つまり、電脳化で得た力も本人の『力』ですか、マサアキさん?」


「そういう事さ。キミが魔法を使うように、彼らはサイバネや電脳を使うんだよ。悲しい事に僕には、どっちにも縁が無いんだけどね」


 俺たちが話し合っている間にも、少女をイジメる声は続いていた。


「お前、土下座しろ。お前のような無駄飯喰らいがウチの系列にいるのは我慢ならん。お前の家への融資は止めてやる!」


 パチンという音と共に、地味な印象の少女が頬を抑えて倒れ伏す。

 彼女の前に経つ少年は、彼女を侮辱し平手打ちしだけでなく、家業への資金援助停止を宣言する。

 いわば家ごとの死亡宣告を受けたであろう少女が、赤く腫れた頬を抑えながら大粒の涙をこぼしたのが俺の目に入った。


「……ごめん、マサアキさん。俺、ちょっと我慢できないです」


 俺は、女の子の涙が嫌いだ。

 別れ際に、アヤが泣いていたのが大嫌いだった。

 師匠や俺から、横暴にアヤを奪ったフチナダは大嫌いだ。

 そしてフチナダと同じく権力を使い、女の子を泣かすヤツは大嫌いだ。


「そこの悪ガキ。女の子をイジメるのは、いい加減にしろ。こんな公共の場所でイジメるとは馬鹿か? 電脳化しても馬鹿は治らんのだなぁ」


 俺は、自分よりも歳上だろうと思う、しかし愚かな男に向かってケンカを売る。

 受験会場で女の子を泣かして喜ぶ様な馬鹿を見ているのが、とても嫌だったから。


 ……マサアキさん、ゴメンね。そして、ありがと。教官を呼びに行ってくれて。


 視線の端では、何処かに携帯端末で連絡をしているマサアキさんが居る。

 マサアキさんは俺の視線に気が付いて、サムアップまでしてくれた。


 ……だったら、正当な理由で馬鹿を封じ込めるに限る。こちらからは正論をぶつけて相手から手を出させてしまえば、後は正当防衛。少なくとも馬鹿は不合格になるだろう。まあ、俺は最悪来年受験し直せば良いさ。


 俺は自分の「馬鹿さ」に今更ながら呆れる。

 見て見ぬふりをしていれば、問題無く次の試験を受けられただろう。

 そして、アヤに出会える機会が少しは早くなったに違いない。


 しかし、黙っていられずに女の子を助けてしまうお人好しでお節介な自分に半分呆れながらも、気分がとても良かった。

 俺やアヤのような権力に踏みにじられる人を、もう二度と見たくなかったから。


「なんだぁ!? ガキぃ、この方を何方か知らないのか? フチナダ・グループにあってはバイオプラントを担当するフチ・バイオテクノロジーの社長御曹司だぞ? お前のようなクソガキがお話出来る様な人ではない!」


 周囲の取り巻きが、偉そうに御曹司の自慢をする。

 御曹司本人がドヤ顔なのが、俺は更に気に食わない。


「で、御立派な御曹司は女の子を家ごとイジメているのですか? こりゃ、もしかしたら合格していたら何も意見を言えないのを理由に、女の子を性的にもイジメそうだなぁ?」


 ……なんで、その御曹司。いわば現代の貴族子息が士官学校なんかに入学しようとしているんだ? 普通、親のコネでグループ本社や親の会社に入社するだろ? どうして態々、危険な職業を選ぶ?


 俺の言葉に、顔を真っ赤にする御曹司。

 案外、図星だったようで怒って俺に指を突き付けてきた。


「お前! お前は、オレを侮辱するオンナを庇うだけでなくオレをぶ、侮辱するのかぁ! ゆ、ゆるさないぞぉ」


「で、どうなさりますか、御曹司? 今は入学試験中。これ以上騒ぎを起こしますと、貴方さまの経歴に傷が付きますよ? いかな系列会社の社長ご子息といえど、公的な場所での暴力沙汰は洒落にならんですよね?」


 視線の端では、情報端末のカメラで事態を映しているマサアキさんが居る。

 また、監視カメラが近くにあるのも俺の視界に入っている。

 生配信で事態を放送されれば、いくらメガコーポとしても評判を気にして身内でも切り捨てるだろう。


「お前たち、何をしている!? ん、そこの女子生徒を泣かしたのは誰だ!」


 そして試験監督のオカダ教官が急いで走り込んできた。


「ち。ちきしょぉ、覚えておけぇ! お前ら、行くぞ」

「はい!」


 教官が迫るのを見て、慌てて逃げる御曹司たち。

 情けなくも逃げ台詞を吐きながら逃げるのは、テンプレな小悪党としか見えない。


「馬鹿だなぁ、アイツ。そしてお人好しでお節介焼きな俺も馬鹿だな」

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