第5話 士官学校への入学試験。新たな出会い。

「ハルトくん。落ち着いたら、わたし宛に連絡頂戴ねー」


 機嫌がいいナナコさんに見送られて警備詰め所を出た俺は、一端繁華街の方へ足を進めた。


「ふぅ。とりあえず、フチナダに好印象を持たせるのには成功したか。お節介も無駄じゃない、情けは人の為ならずって事かな?」


 そして俺は、警備隊長さんに紹介してもらったフチナダ・グループ系列会社のホテルで一室を借りた。


 ……元々ここを宿泊予約していたけれど、社員価格で泊まれるようにしてくれたのには感謝だな。


 少し汚れた僧衣はクリーニングに出し、ラフな格好でベットに寝ころぶ俺。

 今日は、あまりにも沢山の事があって、頭の中が混乱気味だ。


「ナナコさんって言ったっけ、あのお姉さん。俺に惚れられても困るんだけどな。助けない訳にはいかなかったけど……」


 ナナコさんの背後にいた幼い兄と妹。

 その姿が、昔の俺とアヤの姿に重なっていた。

 俺が師匠に助けられたのと全く同じ状況だったから。


「保護した子供たち。これまでIDが発行されていなかった。だがダンジョン近くで生まれ育ったからか、かなりのマナ耐性がある事が分かった。魔法使いとして覚醒する可能性が非常に高いので、当社系列の孤児院に保護されるだろう」


 隊長さん、俺が助けた兄妹きょうだいが今後フチナダに保護されるだろう事を教えてくれた。


 彼らが住んでいたダンジョン入り口の近くのスラム街。

 そこは、本来居住が許可されていないメガコーポ管理地。

 災害で家を無くした者、犯罪などに巻き込まれたり、犯罪を犯した者。

 または、ID管理を嫌った者達が勝手に集まって造られた街。


 スラム街は、ダンジョン由来のアイテムなどが非合法に闇取引されているらしい。

 他にも未成年者による売春などもあるらしいとは、以前師匠から聞いたことがある。

 師匠も、悲しい女子供たちの運命に心を痛めていた。


 ……何処も女の子は生贄にされやすいし、男の子だって愛妾やらテログループの少年兵にされる場合もあるんだよな。そうなるよりは、まだフチナダの管理下の方が幸せ……か。


「出来れば、きょうだい二人を引き離さないようにお願いします。せめて二人がお互いの進む道を自分で決められるまでは……」


 俺は隊長さんに頭を下げ、きょうだいが引き離されない様に願った。

 俺とアヤが引き離された時の事を思い出しながら。


 ……俺と同じ事は起きて欲しくないや。


 天井を見ながら、俺はアヤの笑顔を思い出していた。


 ……アヤ。俺、ここまで来たよ。今、君は何処にいるんだ?


◆ ◇ ◆ ◇


 今日は士官学校への入学試験日。

 準備していた背広に着替えた俺は、朝早くにIDタグを提示し士官学校の門をくぐる。

 そして指定されている大きな階段教室に赴き、自分の受験番号が貼り付けられた席についた。


「起立! 君たちがが今年の受験生ですね。我がフチナダ・グループは原発から兵器、自家用車まで市民のための物を作り、世界に社会貢献をしています立派な会社です。グループ社員として、当社私設軍の指揮官候補として、立派な者が採用されるのを期待します。以上!」


 百人以上集められた若者たちを前にして、柔らかげではあるが凄みを感じる壮年の男が演説をする。

 前説明によれば、この人が企業私設軍、メガコーポ系列警備会社にしてPMSC民間軍事会社フチナダ・セキュリティーズの社長らしい。


 ……これで俺も一歩前に進める! アヤにもう一度逢うためにも絶対に合格するぞ。


「では、ここからは自分、オカダが説明します。最初、午前中は学力の筆記試験をマークシート方式で行い、ある程度以上の成績の人が午後からの二次試験に移れます。普通の一般常識・知識を問いますが、ウチの社歴、歴代社長名なんかは聞きませんので御安心を。ここでは、貴方達の『全て』の実力を見ます」


 変わって説明をする教官役の三十そこそこに見える男性。

 試験監督役なのだろう。

 スポーツマンっぽい風貌だが、簡易軍服を盛り上げる筋肉が凄い。


 彼は緊張している俺たちを和ませるように、笑えるネタを話してくれている。

 くすりと小声で笑う声が俺の耳にも入って来た。


 ……こういう人が教官役、鬼軍曹さんなのかなぁ? カッコいいお兄さんだ。


「なお、カンニングは見つけ次第、失格。この部屋は電波が通らない様に電磁シールドをされています。何にせよ、絶対に『見つからないよう』にしてくださいね」


 ……ん? 何か意味深な発言だな。やるな、じゃなくて見つかるな、だもの。


 周囲の受験生たちは、全員緊張している感じがする。

 合否で今後の人生が変わるのは誰も同じだろうし、大半の人が俺みたいに目的があって受験しているに違いない。


「では、試験開始!」


 俺は、机に据え付けのタブレットを見る。

 試験開始と同時に、試験問題が画面表示された。

 試験はマークシート形式、選択肢をタッチで選ぶのだが……。


 ……えっとぉ。ここは分かるな。後は……。え! なんだ、微分積分って何? 俺、そんなの学校や師匠に教えてもらっていないぞぉ!?


 俺は、中学校までで教えてもらっていない問題に頭を悩ませた。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「はぁぁぁ……。俺、絶対不合格だぁぁ」


 筆記試験後の昼休み。

 食事も満足に喉を通らなかった俺は、中庭のベンチで途方に暮れる。

 試験問題、半分くらいは回答欄を塗りつぶす事は出来たが、後は何もわからず最後にはペンを転がしたサイコロで欄を埋めた。


「こんなんで受かるはず無いか……」


 試験後の周囲の話を盗み聞けば、どうやら高等学校で習う内容の問題が多かったらしい。

 中学校を出て、すぐに受験をした俺には難しすぎる問題ばかりだった。


「受験資格は満十五歳以上、中学を出ているのが最低条件って書いてあっただろ? あれは嘘だったのかよぉ」


 考えてみれば、資格は最低条件と書いてあった。

 年齢の上限制限を考えれば、中学校以上それこそ大学を出てからの受験でも問題はない。

 現に、俺以外の受験生の大半はどう見ても大半が歳上だった。


「アヤ。もう、俺はお前には会えないのかぁ……」


 俺はうつむき、更に悲しみに暮れた。


「あれ? そこの君は同じ受験会場に居た子だよね? 何かあったの? 泣いているから、気になって声を掛けちゃったよ」


 悲しむ俺に、少し歳上に見える青年、いや少年が声を掛けてくれた。


「え。あ、いや、そのこれは。大丈夫ですから、お、俺に構わないで下さい」


「そういう訳にはいかないって。どんな時でも泣いてる子はほっておけないよ」


 僕の横に座って、尚も話しかけてくれる少年。

 俺は気が付かないうちに流していた涙をグイと拭い、顔をあげて彼の顔を見た。


「ほら、これで鼻もかんで」

「……ありがとうございます」


 優しそうな顔の少年は俺にティッシュペーパーまで渡してくれる。

 俺は、彼の好意に甘えた。


「さて、どうしたんだい? どうやら筆記試験の成績が芳しくなかった様子だけど?」


「……俺、中学校までしか通っていないから、分からない問題が多かったんです」


 俺は、彼に更に甘えて弱音を吐いてしまった。


「なるほど。いくら優秀な子でも中学生が高校生に学業で競い合うのは難しいよね。でも、君は書類審査を通過しているんだから、かなり優秀なんでしょ? あ、先に名乗るのを忘れてた。僕は児山こやま 正昭まさあき。君は?」


御子神みこがみ 晴翔はるとって言います。俺、絶対に士官学校に、フチナダに入らなきゃならない理由があるのに……」


 まるで春の木漏れ日のような温かい言葉と笑顔。

 俺はつい、誰にも言えないはずの愚痴をこぼしてしまう。


「君がどうしてフチナダに入りたいって思うのかの理由は、あえて聞かないよ。誰にだって事情があって、ここにきている。普通、メガコーポ系列に入社するのに、態々危険な仕事は選ばないものね。かくいう僕も、それなりに事情があって受験したんだけどさ」


「でも、ここで不合格になったらコネもお金も無い俺がフチナダに近づく方法が……」


「そうかな? キミはまだまだ若い。っていうか幼い。話と姿からして、まだ十六歳になるかどうかでしょ? もし不合格だったとしても、学業を勉強して来年もう一回挑戦したら良いんだよ。高卒でも無いのに書類審査を通るんだから、学業以外は凄いはずだしね」


「え?」


 俺は俯いていた顔を上げ、児山さんの顔を見た。


 ……再試験なんて、思いもしなかった。俺、どうやったら早くアヤに逢えるかって事だけ考えてた……。


「やっぱり、そんなことも気が付かなかったんだね。すっかり考え方が固まっているよ? ここの受験生って複数回受けている人も結構多いんだ。ほら、あそこのサイバネ男性なんて、どう見ても二十歳越えだし」


 児山さんの視線の先を見ると、一人のやや太目な少年を中心にして人の輪が出来ている。

 何処か気障っぽい少年の背後に付き、周囲を警戒している青年。

 その両腕はサイバーアーム、鈍い銀色に輝く金属製な義手が目立っていた。

 また彼の左目も、光の反射が不自然だ。


「彼の左目はサイバーアイだね。軍事用、情報や銃器照準支援、暗視に赤外線視覚、望遠なんかが追加されている奴っぽいかな? 多分だけど、中心の男の子のボディガード役に見えるけど?」


「児山さん、色々とお詳しいんですね。俺、銃とか武術は少々勉強しましたが、サイバネ関係はさっぱりで。俺ってじゅ、魔法を使う関係で、サイバネと相性が悪くて……」


 サイバネ、正式にはサイバネーション。

 俗にいうサイボーグ化。

 身体を機械に置き換える義体化技術。


 近年、モンスターとの戦闘や事故も多発、命の危機を迎える人々が増えた。

 そんな彼らを救う為にサイバネ技術は急激に進歩していて生身以上のパワーを出せたり、多機能を持たせられ、全身義体化すらした者も居るとは聞く。


 ……高機能・機械化障碍者って昔は言ってたらしいけど。パラリンピックでオリンピック記録を越えだした辺りから、軍事的にも活用されてったってのはニュースで見たか。


 しかしサイバネ改造を受ければ、生身の部分が減るのでどうしても生身に宿る体内マナ貯蔵量が減る。

 そして必然的に魔法を操る能力が減るから、魔法使いの俺にはとんと縁がない話だ。


「なるほど。御子神くんが中卒なのに書類審査を通ったのが納得だよ。『覚醒者』が増えた昨今でも、魔法使いはとっても貴重だからね。なら絶対に大丈夫さ。お、そろそろ筆記試験の合格者の発表時間だね。さあ、一緒に見に行こう」


「……はい。励まして頂き、ありがとうございます!」


 俺は涙をぐっと拭い、ベンチから立ち上がった。

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