時を越える葉書、隠された絆(三)

「まずは葉書をちゃんと見て見ましょうか。送り先は……」


 誠一は絵葉書を手に取り裏返す。書いてあったであろう住所や受取人の名前は水で滲んだようで読めないが、一つだけなんとか読める文字があった。

 それは《美墨中央西香橋》というものだ。


「地名にまでなってるんですか、ミスミさんて……」

「かおりばし、ですかね。聞いたことないですが」

「ええ。というかね、郵便局で調べたんですけどこの住所存在しないんですよ。届け先不明って印鑑が押されてます。きっと書き間違えたんですね」

「なら似たような地名があるのかもしれないですね。寅助さん、覚えはないかい」

「ねえな。橋なんていっぱいあらぁ。小さい一つ一つまで知らねえよ」

「じゃあ住所は一旦置いておきましょうか。景色を特定する方が早い気がする」

「滝なんてそうそうないですもんね」

「日本全国にはあるだろ。この近辺とは限らねえ。祖父さんは点々としてたんだろ」

「そっか。じゃあ景色も当てにならないですね。旅行先かもしれないし」

「でも《櫻区の庭園》ではあるんですよ。大自然の滝ではないということです」

「ああそうですよね。櫻区なんて区ありましたっけ」

「聞いたことはありません。でも誰かしらが営業する《なんとか庭園》であることは間違いありません。ここを見て下さい」


 マスターは絵葉書の一か所を指差した。それは鮮やかな桜の大木ではなく、その隅にこそっと描かれている弱々しい木の方だ。


「木に巻き付けがされています。これは自然現象ではなく、木を虫や病気から守るために人がやるものです。誰かが手入れしてるんですよ。それにその下。うっすらですが小屋のような物が見えます。赤い大きな傘が立っていてその下には椅子もある。小さいですが人の姿も描かれていますね。客はいないのに一人だけ描くということはこの人物は必ずここにいる人なんです。つまりこれは休憩所ではなく誰かが経営してる喫茶店ということです。でも街中でもないのにぽつんと喫茶店だけあるなんて経営が成り立つとはちょっと思えません。おそらくこの庭園自体が入場料を払って入るような場所なんじゃないでしょうか」


 すらすらと語る誠一を見て矢野が感心したように声を漏らした。


(マスターの洞察力って本当に凄い。もう見つかるような気がしてきたわ)


 誠一の分析は夢を語ったわけではなく、とても現実的で説得力がある。

 薫子は矢野と一緒に感心していたが、予想外に分析に参加したのは小泉青年だ。


「これ変ですね。どうしてここだけ背景が無いんでしょうか」


 小泉青年はとんっと葉書の一部を指差した。

 そこは何もない余白だった。でもその横には桜の木が描かれている。はるか上空を見上げているわけでもなし、何もなかったわけではないだろう。


「本当。唐突に無いですね。不自然な感じがします。何ででしょうね」

「この景色に不釣り合いなものがあったのではないでしょうか。もしくは鉛筆と筆で描くには困難な何か」

「あ! ビルじゃないですかね! 祖父は自然が好きで、建物も木造を好みました。最近のビルは直線でしょう? 自然のゆがみとか曲線が好きだったんですよ!」

「では栄えた都市部ですね。そういうことなら分かりました。これは《椿緑櫻庭園》です。少し遠いですけど、行けない距離じゃないですよ。行ってみますか?」


 突如断言した誠一に、全員がぐるんと振り向きじっと見つめた。

 少しばかり静まってしまい、薫子は代表して手を挙げる。


「どうしてそんなすぐ分かったんですか? 椿なんて描いてありませんよ」

「見どころが二つあるんですよ。椿と桜の区画があって、それぞれが《椿区》《櫻区》と呼ばれている。人工滝を挟んで東西に分かれているのでその辺りでしょう」

「よく知ってますね。そんな有名な場所なんですか?」

「たまたま聞いたことがあったんです。綺麗な場所ですし、皆で行きましょうか。ただ電車を乗り継ぐので今からじゃ夜になってしまう。行くのは明日にしましょう」

「皆さんにまでいらしていただくなんてさすがに悪いですよ。お店は営業があるし、電車代だってかかるでしょう」

「店は閉めるので大丈夫ですよ。電車代金くらい僕が出します。小泉さんもきっと描きたくなるに違いない」


 矢野は申し訳なさそうにしているが、誠一はうきうきと嬉しそうだった。

 全員が同行するのが誠一の希望なら全員の背を押すのが薫子の仕事だ。


「大丈夫ですよ。うちはしょちゅう緊急閉店やってるのでいつものことです。経費も使って欲しいと思ってたのでちょうどいいんです。都合が良いならぜひ皆さんで」

「ほほ~。薫子ちゃん分かってきたじゃねえか」

「寅助さんほどじゃないですよ。もちろん来てくれますよね。小泉さんも」

「是非ご一緒させてください。絵のことなら多少はお力になれます」

「決まりですね。じゃあ明日十時、黒田彩菓茶房に集合です!」


 寅助はおろおろする矢野の背をばんばんと叩き、小泉青年も面白そうに笑った。

 矢野はまだ申し訳なさそうな顔をしていたけれど、誠一はいそいそと閉店の札を取り出した。


(出かけるの明日なのに。もう準備するのかしら)


 こうなったら黒田彩菓茶房の営業は終了で、裏の営業の始まりだ。

 薫子は誠一の手から閉店の札を貰うと閉店準備を始めた。

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