第5話 私の妹は見た目だけ〈前編〉

「あ、あれ緋衣花の妹じゃない?」


 大学の授業終わり。友だち二人とカフェで課題をしていると、隣に座る黒髪をベリーショートにした子が道路を挟んだ向かいの歩道を指差した。

 見るとたしかに何人かの小学生に混じってランドセルを背負って歩く、我が妹風ちゃんがいた。


「ほんとうだ。かわいい」


「……あんた、自分の妹街で見かけて二言目でそれなの?」

「かわいいにかわいいと言って何が悪い」

「このシスコンめ」

 世界の真理を説いたはずなのに呆れられてしまった。なんでだろう。


「ねぇねぇどの子ぉ?」


 向かいの席でさっきまで暇そうにアイスティーの氷をストローでカラカラしていた子が身を乗り出した。拍子に彼女の栗色のふわふわの髪が揺れる。ちなみに向かいの子は大学から、隣の子は中学からの友だちである。


「黒髪ロングの子だよ」

「あの眼鏡のぉ?」

「そうそう」

「へぇ、たしかにかわいいねぇ」


「でしょう!?」


「シスコンうるさいあとコーヒーがこぼれるでしょうが」


 思わず立ち上がって机を叩くと隣の子にたしなめられた。ごめんなさい。


「妹ちゃん、めちゃめちゃ本読んでそうだね」

「うーん……絵本すら危ういかも」


 私が座りながら答えると、感想をくれた向かいの子だけじゃなくて、隣の子もこちらを向いた。


「え、そうなの? 本の読みすぎで目が悪くなったと思ってた」

「眼鏡かけてていかにも文学少女ーって感じなのにー。意外だねぇ」

「あははー。まああの見た目だからね。よく言われるよ」


 私は曖昧に笑う。


「お肌も白くてインドア派っぽいしね」


 そして不自然にならない程度に、話題が進む方向を少しだけ変える。


「あ、たしかにぃ。美白だねえ。羨ましい。肌ケアなにしてるの?」

「たぶんまだそういうのはしてないんじゃないかな。うちの妹、まったくませてないし」

「それであの肌かぁ。小学生おそるべしだぁ。いやひいたんの妹だからか?」

「ふっふっふ。もっと崇め奉っていいんだよ、私の妹を」

「シスコンそろそろ現実に戻ってこい。課題終わってねえんだぞ」


 うまい具合に避けれたようで、私はまた安心してアホなシスコンに戻る。


「課題って妹のかわいさを書き連ねるレポートだっけ」

「なんだそのシスコン専用課題は! 音韻音節についてのレポートだよ」

「二人ともファイトぉ」

「お前もやるの! てかお前が一番進んでないんだかんな!」

「えぇ、それほどでもぉ」

「褒めてねえ! ダァアッ、なんで私の友だちはこうも馬鹿ばっかなんだ!」

「「それほどでもぉ」」

「だから褒めてねえ!!」

 

   *


 ふざけながらも課題は無事終わった。カフェで二人と別れて帰宅すると、リビングのソファで風ちゃんがお昼寝をしていた。


 ソファの前のローテーブルには、壊さないように外された紫フレームの眼鏡が置かれていた。


 私が友だちとの会話で避けた単語、眼鏡。


 それを私は手に取り、かけてみる。

 視界はクリアなままで、歪まない。

 度が入っていないから。


 風ちゃんは、実は伊達眼鏡だ。

 賢く見られるため、伊達眼鏡をしている。


 それを提案したのは、私だった。



     〈中編へ続く……〉

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