第4話 お買い物と算数
「お姉ちゃん、風花は飼うとしたらメダカさんより金魚さんの方がいいです」
とあるお店の中。風ちゃんと二人、手を繋いで歩いていると、眼鏡越しに私の目をまっすぐ見つめて風ちゃんが言った。
「なんで?」
「金魚さんの方が赤色で見ていて楽しいです! あ、でもメダカさんも透明な体でひらひら泳いでいるのがかわいいと思いますよ?」
まるでメダカが悲しむ顔を見てしまったかのように、風ちゃんは慌てて付け加える。どっちの理由も風ちゃんらしくてかわいい。
「そっかあ。たしかにどっちにもいいところはあるよね」
「はいっ!」
「でもね風ちゃん」
「なんです?」
「ここはスーパーマーケットだから、今から行くお魚コーナーは、ペットとして飼う方じゃなくて、食べるお魚を買うコーナーだよ」
「なんと!」
風ちゃんは空いている手を目一杯広げて口元を隠し、驚きを表現してくれる。
詳細を話すと、今は仕事で遅くなるお母さんの代わりに夕飯の買い出しに来てて、野菜を選び終わったので風ちゃんに「じゃあ次はお魚コーナーに行こっか」と伝えたところ、冒頭の会話につながるというわけである。
「風花は昨日お友だちとペットのお話をしていたので、我が家にもついにペットが来るのだと勘違いしてしまいました」
「そっかあ。タイミングの問題かー」
しみじみと呟く風ちゃん。本当にスーパーに観賞魚が売っていると思ったわけではなさそうで安心した。
「? タイを買うんです?」
「ううん、違うよ。今日はサケを買います」
「わあ、風花、サケ大好きです!」
「うん、知ってるー」
「焼くんです? そのままです?」
「えっとねー、今日は焼き鮭だよ」
「うふふー。楽しみです!」
まだ食べていないのに、にこにこほっぺを押さえる風ちゃん。微笑ましい。おそらくお刺身でも同じ反応をしてくれると思うと余計ほほえま。
鮮魚コーナーで、上機嫌な風ちゃんと一緒に選んだ生鮭を家族四人分カゴに入れる。
そのあとは他にも買わないといけないものがあるので、風ちゃんと選別しながらカゴに入れていく。そして終盤に訪れたスイーツ売り場で奇数個入りのお菓子を見て、ふと思い至った私は風ちゃんに話しかける。
「風ちゃん、ここで算数の問題」
「はいっ!」
普通の小学生なら嫌な顔をしそうなものを、風ちゃんは元気に明るく返事してくれる。
「風ちゃんはシュークリームを五個買いました。風ちゃんとお姉ちゃんの二人で同じ数だけ分けるとすると、シュークリームは何個もらえて、何個余るでしょうか?」
「余りません!」
「んん?」
自信満々に即答する風ちゃん。その瞳は答えに揺るぎない自信があると語っている。だけど間違いは間違いなので心苦しいけれど訂正を入れる。
「違うよ風ちゃん。正解は一人二つずつで、一個余る、だよ」
それを聞いた風ちゃんはぶんぶんと二回首を横に振った。
「でもシュークリームはお姉ちゃんの好きなものなので、風花は残った一つもお姉ちゃんに食べてほしいです。それでも足りなければ風花のもあげます」
「風ちゃんんん!」
なんて姉思いなのよこの妹は! 優しさの授業なら百点満点だよ。算数の問題であることがこんなにも悔やまれるなんて……!
「ありがとう。お姉ちゃん嬉しい。でも独り占めはしないから風ちゃんも一緒に食べようね」
「はいっ、ありがとうございます!」
風ちゃんは本当に嬉しそうに体を左右にほわほわ揺らす。
「じゃあちょっと問題を変えるね。風ちゃんは今二百円を持っています」
「持ってませんよ? お財布とってきた方がいいですか?」
「例えばの話だから大丈夫」
「わかりました」
「そのとき、一つ五十円のお菓子は何個買えるでしょう?」
「んー……どんなお菓子かにもよります。食べきれなかったらもったいないです」
「んー、わかった。食べ物から離れよう」
「はい」
頷いて陳列棚から一歩離れる風ちゃん。両腕を一回羽ばたかせて横移動する姿、堪らんかわいい。
「風ちゃんが二百円を持ってるとき、一冊五十円のノートは、何冊買えるかな?」
「えーと……」
あごに手を添えて考え込む風ちゃん。百の半分が五十で、百の二倍が二百で……と的を得た独り言をごにょごにょ呟いている。もしかして、もしかするのかな……。
「はい! わかりました!」
と期待の眼差しで見つめていると、風ちゃんが手を挙げた。
「四冊買えるはずです!」
「うん! 大正解! すごいね風ちゃん!」
まさかノーヒントで解けるとは思わず、私は大きな声を出してしまう。すれ違ったおばさまがこちらを振り返ったので、遅いと知りつつ口を押さえる。
「えへへー、ありがとうございます! 数字は見た目がかわいいので好きなんです」
風ちゃんも答えながら私の真似をして両手で口を押さえるけれど、声のボリュームはいつも通りなのでたぶん真意は伝わっていない。けどかわいいから無問題。実際他の人の迷惑にならない音量だからかわいくなくても無問題だけど。
それにしても風ちゃん、問題文によっては普通に算数の問題解けるのね。うちの妹、もしやただのアホい子じゃないかもしれない。風ちゃんの新たな一面が知れて、お姉ちゃん嬉しい。
「そっかー。じゃあご褒美として何かデザートを買ってあげよう。何がいい?」
「わーい、ありがとうございます! では、せっかくですので、シュークリームがいいです! お姉ちゃんと分けっこです!」
「おっけー」
そうして私たちは、風ちゃんと私、それとお母さんとお父さんに一個ずつ、合計四個のシュークリームをカゴに入れた。
「さっきの問題みたいに一人二つは買えないけど許してね」
「風花は一つでもみんなと一緒に食べられるなら幸せなのです!」
本当に。うちの妹、良い子すぎる!
*
その日の夜。
食後のデザートに、私たちは並んでシュークリームを食べていた。それも、
「シュークリーム、二つもあります! 問題通りです!」
お母さんもシュークリームを買ってきてくれていたので、風ちゃんの言う通り、一人二つ食べられることになった。
「おいしいです! 幸せです!」
シュークリームよりも甘くて特別な純粋無垢な笑顔をくれる風ちゃん。その笑顔はやはり私にとって、何ものにも代え難い最高のデザートだった。
〈第4話 了 〉
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