名声

 魔族の前線と相対するハルマ小国。

 かなり厳しい状況にあり、更なる援軍を求む。

 そう、再三と告げられていたはずの、ハルマ小国から世界へと向けられている多くの一報が変わったのはツァウバー王国が援軍を出したという知らせからだった。


「むむぅ……」


 そして、その流れは何時しか誰もが思っていたものから大きく変わってしまった。

 魔族の砦が二、三度なくなった後に再生しただの、魔族が退却した、魔族の本拠地を襲撃した。

 どうしてこうなった?世界各国の国王は頭を抱えていた。


「どぉーなっているぅ?」


 その中でも、最も深く頭を抱えているのはフラクション帝国の皇帝であった。


「いつからツァウバー王国には化け物が生まれたんだ。ロムルス家とて普通の人間と同じレベルであっただろう!?」


 フラクション帝国は世界の覇権国になるのを目指して急拡大していた国家であり、その過程でツァウバー王国とも一戦を交えるつもりであった。

 そんな中で自国の将兵からツァウバー王国のただ一個人が一国を滅ぼせるのに値する人物であると告げられ、あまつさえ自国の戦略級の戦士が束になっても敵わないとまで断言されてしまったのだ。

 当の、戦略級の戦士の一人にまで。

 これでどうしろというのだろうか?……フラクション帝国の皇帝はいきなり現れた強大すぎる敵を前にして頭を抱えるほかなかった。


「とりあえず、売らせた喧嘩に関する留飲を下げるために勲章は送った。そして、研究者気質のあいつ本人の機嫌を取るために我が帝国の魔導書も渡した。これで大丈夫だろう」


 ネージュ・ロムルス。

 魔族との争いで規格外の功績をあげる前の彼は魔法好きの研究者として知られており、魔導書を与えるだけでその留飲を下げることが出来た。

 現地にいる将兵も何も考えずに大喜びしていたとの話を聞いているため、嘘はないだろう。


「……まだ、魔族の本拠地への襲撃が事実かどうかもわからぬであろうが」


 だが、フラクション帝国が抱いていた野望は打ち砕かれたと言っても良いだろう。


「忌々しい」

 

 未だ事実かもわからぬ功績。

 それを前にして既に市井は湧き立ち、吟遊詩人が勝手に英雄譚を謡い、魔族という人類共通の敵を前にして人類が一致団結して讃える英雄の誕生に熱狂する。

 そんな現状を前にツァウバー王国を仮想敵国としていたフラクション帝国の皇帝その人は深々とため息を吐く。

 

 ネージュ・ロムルス。


 彼はいつの間にか、魔王を撃ち破る勇者としての名声を高めていたのだった。

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