父上

「そういえばさ、お前って何か名前とかってあったりするの?」


『あ、ありますよ……一応、リリスという名前が……』


「はぇー。それじゃあこれからはリリスって呼ぶわ」


『はいぃ』

 

 僕はちょいと特殊な魔法で自身の声を己の中にいる悪魔、リリスにだけ聞こえるようにした状態で彼女と会話を交わしながら、封印書庫から自分の部屋に戻るための廊下を歩く。


「ネージュ」


 そんな僕は後ろから声をかけられる。


「はい?何でしょう」


 声をかけられた僕はゆっくりと後ろを振り返り、そちらの方へと視線を送る。

 そこにいたのは自分の父親であるアレイズ・ロムルスであった。


「少し来てもらえるか?お前も通して話しておきたいことがある」


 僕の疑問に対して、父上はその無表情で塗り固められたその相貌のまま僕へと言葉を話す。


「わかりました」


 そんな父上の言葉に僕は素直に頷く。


『……大人しく、言うことは聞くのだな』


 それを中で聞いていたリリスがぽつりとつぶやく。


「僕のことを何だと思っているの?」


『立ち入り禁止となっているであろう場所へと足を踏み入れ、あまつさえ封印されていた悪魔の封印を解いたやべぇ奴』


「……」


 僕の上げた抗議の声を完全に封殺してくるリリスの言葉に口を閉じる……それは反則じゃない?


「最近の調子はどうだ?スキアの方から聞いているぞ、魔法が好きなのであろう?」

 

 僕がリリスと会話をしながら廊下を歩いていると、先を歩く父上がこちらへと疑問の声を投げかけてくる。


「えぇ、そうですね。魔法はどれだけやっても奥が見えませんから……非常に楽しいです。あぁ、それとご安心を。しっかりと


 そんな父上の言葉に僕は答える。


『人類が時の中でどれだけ進化したのかをここで正確に測ることは出来ないけど、それでも大した進歩をしていないのはわかるわ……だからこそ、言うわね?誰がロムルス家に恥じないようになのよ。言っておくけど、ロムルス家の初代当主なんてネージュ様の足元にも及ばないわよ?』


 だが、そんな僕の返答を聞いたリリスがツッコミを入れてくる。


「うるさいよ。別にそこまで自分の力を隠すつもりはないけど、それでも余計な注目は魔法の研究に邪魔だからね。自分の力を誇示するつもりなんてないんだから」

 

「それなら良かった……」

 

 僕が誰にも他の人に聞こえないような状態でリリスと会話している中でも父上は言葉を続けている。


「ロムルス家として恥ずかしくないレベルにまで来たのであればそろそろそれよりも未来のことを考える必要があるだろう。昔、お前が未熟故に、と遠ざけた話題をそろそろ進めるべきだとは思わないか?」


「えっ?あっ、はい」


 リリスとの会話に意識を傾けていたせいで父上の話を大して聞いていなかった僕は適当に頷いてしまう。


「今日、王家より一つの打診がなされた」


 だが、それはあまりにも軽率すべき答えだった。


「はい」


「第三王女の婚約者話だ」


「……は?」


 父上の口から出来た『婚約者』という丹後に僕は固まる。


「詳しくは中で話すとしよう……案ずるな。どうするかにおいて、お前の意思も尊重するつもりだからな」


 僕が呆然としている間にも、足を止めて応接室の扉の前に立った父上はその扉をノックもなしに開けるのだった。

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