多重詠唱

 きれいに整頓されていた封印書庫が僕の魔法によって無茶苦茶になったそこで。


「その人類には難しい技能かと思われます……はい。私ども悪魔は肉体も精神も自由自在なんです。ですが、問題としては精神だけの状態となってしまうと、この現世に留まっているのが難しいのです。なので私たち悪魔が住まう魔界ではなく現世に滞在しているときは肉体のままでいなきゃいけないんです」


「なるほどなるほど」


 地面に転がっている本棚の上に座っている僕は自分の前で正座している悪魔から彼女の見せた詠唱の破棄についての説明を受けていた。


「魔法の詠唱を唱えるには当然ですが、口が必要です。私たち悪魔は精神だけの状態だと自分の体を変形させていくらでも口を作れるんですが……肉体だとそういうわけにもいかなくて。そんな中で悪魔が生み出した小技が自分の肉体を精神を閉じ込める檻としての機能を高め、体内の一部だけを精神体へと変えてその部分だけ口にすることです。こうすることで三つくらい中に口を作れるので、そこで詠唱を唱えることが出来るんです」


「……なるほどねぇ」


 便利な身体をしているものだ……僕は自分の中にあるであろうもの。悪魔の告げる精神や魂などといった不定形のものを魔法で捉えようとするが、あまりうまく行かない。一応捉えられないことはないが、それを変形とか不可能だ。

 今の僕じゃできそうにない。


「ふむ……じゃあ、これはどうかな?」

 

 僕は自分の前にいる悪魔の方へと自分の手の平を向ける。


「……は?」


 悪魔は肉体でも精神体でも自由自在に変形可能らしい……そして、見た感じ精神体はただの魔力の塊のように思える。

 つまりだ。ワンチャン僕の中にこの悪魔を取り込める。


「……ちょっ!?」


「行けたわ」


 僕の前で悪魔はその身を魔力へと変貌させ、そのまま中へと収納させていった。


『(……な、なんやこの餓鬼!?私をそのまま吸収したのか!?た、確かに私たち悪魔は人間の体に入り込めるけど……だからって、だからって、えっ!?そ、それに何だよ、この馬鹿みたいな魔力の量は!に匹敵……いや、それ、どころの話では……!)』


「なぁ、悪魔ちゃん。僕の中でも問題なく息出来ている?」


 僕は自分の中に入った悪魔の状態を確認しながら疑問の声を上げる。


『え、えぇ……問題なく出来ているわ』


「それなら良かった。それじゃあ、口を増やせてもらえる?どれくらい増やせそう?」


『こ、この状態だったら三つかな。ちょっと待ってね……よし、作れたわ』


「ありがとう……それ借りるね」

 

 自分の中にいる悪魔の体が変わり、口が三つ出来たことを確認した僕は自分の中にいる彼女の体をそのまま乗っ取る。


『(……体を乗っ取られた。これじゃもうどっちが人間か悪魔かわからないわ)』


 ……よし、三つとも動かせる。

 流石にここで大規模な攻撃を起こすわけにはいかないし……良し、ここを掃除するとしようか。


「■」


 僕は自分の口と悪魔から借りた口の四つを用いて魔法を唱えていく。

 

「……これは良い」


 口を増やして詠唱できる数を増やす。安直に多重詠唱とでも名付けようか……これは良い。研究のし甲斐がある。


「うぅむ……いいね」

 

 魔法を唱える中で少しだけ空を浮遊していた僕は一番最初と同じ姿を取り戻した封印書庫の地面へと足をつける。


「お前、これから僕と共に来い。ちなみに断ったら人類の敵として滅ぼすけど……どうする?」


『……はい。ご一緒させてもらいます』


「素晴らしい。その言葉が聞きたかった。それじゃあ、行こうか」


 これ以上ないほどの戦利品を手にした僕は満足して封印書庫を後にするのだった。

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