第20話 地上は生命力にあふれている

 「えへへ、あちーなぁ。グフフ・・・」

 「何よ、気持ち悪い。」

 レベッカのつぶやきに、ノアが白い目を向ける。


 ここは、ダンジョンの外の世界、地上。

 地上には四季があり、その昔には人々であふれていたのだとか。

 生い茂る木々の合間には、そのころの遺跡がぽつりぽつりとあって、その多くはダンジョン化しているのだという。


 それでも・・・・


 地上は生命にあふれていた。



 ダンジョンにだって魔物はいる。

 それらを屠って放置しても、1日も経たず、ダンジョンに吸収されてしまうけれども。

 吸収されるのはヒトだって同じ。

 それを嫌って、金持ちなんかは、地上に墓地を作ったりする。

 獣や魔物に食い散らかされないように、火葬にして、墓に納めるのだ。

 地上に墓を持つというのは、大いなるステータスであるのだとか。

 もっとも、そんな風習はほとんど廃れているし、小金持ち程度なら、地面に触れない建物内なんかに骨を埋葬する。

 いずれにせよ、肢体が魔物かしないように結界を張るなど、無駄な金やら労力がかかるのだが、金持ちとはそういうものだろう。

 庶民?

 当然その辺に放置だ。

 1日もあれば、ダンジョンの一部となって、子孫を守ってくれる、なんてもっともらしく言われたりするが、そんなものを信じている人はいない。



 そんなだからか、肢体が消えるダンジョン内と消えない地上とでは、その生命力は全然違う・・・という気がする。気のせいかもしれないが。


 だが、気のせいではない重要なこと。

 地上では、生息域に区切りはない。

 いや、当然、生き物によって住む場所はある程度固定されているのだが、季節や環境の変化で自由に移動するし、他の生物に移動させられることだってある。

 植物の種子なんて、風や鳥や虫が全く異なる環境に運んだりするのだ。


 ダンジョンのように、この階層にいる魔物は、といった縛りなんてない。

 だからこその、雑多で多くの生命が地上にはムンムンとあふれている。



 そのことをレベッカは満喫していた。

 この夏の匂いとともに、否が応でも、全身が生命にあふれた空気で包まれている、それがミシミシと伝わってくるのだ。

 レベッカはその空気を浴びて、にやけが止まらなかった。


 「もわっとするなぁ。」

 「木々が呼吸をしているから、湿気が多いのでしょうね。なんか水の中を歩いている気分になるわ。」

 「ああ、でもそれがいい。」

 「だからって、顔がだらしなさ過ぎよ、レベッカ。地上はいつ魔物が出てくるのかわかんないんだからね。」

 「分かってるって。種類が多いから、対策が立てづらい、だろ?」

 「ええ。それに個体差も大きいから、気をつけないと。」


 と、言うノアの口が、キリッと締まった。

 と、同時に、頭の後ろに手を組んで、のんびりと歩いていたレベッカの様子も激変する。


 「なんだ?」

 

 近くで、カサカサっという音がするのを二人とも捕らえていたのだ。



 ダンジョンと違って、地上は音にもあふれている。

 獣や鳥、風に虫。

 多くの音が常にしていて、索敵は特に困難だ。

 敵、と認識するには、そいつらから向けられる敵意を察知するしかない。

 そして、今、二人の感覚にこちらを餌として見ている視線とガサゴソと小さな音を立てて近づく、何かを感知した。


 スーっと、レベッカは異空間より剣を引き出す。

 ガシッ、と、ノアは手にしていた杖を構える。


 ガサガサ・・・・


 木々の間の下草が、さらに揺れる。


 と、ヒューン・・・


 二人に向けて、草の中から、人の胴体ほどもある何かが飛びかかってきた。

 二人は、左右にさっと避ける。


 カン!


 と、音を立てて、それは後ろの木へと突き刺さった。


 が、すぐに前足を木に押しつけて、突き刺さったを抜こうと始めた。


 は、頭の中央に生えた、ドリルのような角だった。

 尖った角が、木に深く刺さっている。

 グルグルと螺旋を描く角は、どうやら動くようだ。

 深く刺さった木からグルグルと螺旋の逆回転に回して、盛大に木くずを巻き上げながらも、さほど時間を掛けず、木から脱出したのだ。


 「虫、か?」

 「そうみたいね。角だけじゃなく外殻も硬そう。」

 実際、黒光りするその外殻は、角同様に硬度を誇っているようだ。


 そんな風に見ていたら、その虫は、再び、二人を襲ってきた。

 いや、正確にはノアに向かって飛ぶ。


 ガッチャン!


 ノアは、間髪入れず、結界を張り、それにはじかれた虫は地面へと裏向けに転がった。

 ええい、っと軽いかけ声をかけながら、ノアはその虫を蹴り上げる。


 ガガガガガ・・・


 虫は派手な音を立てて、木々の中へと突っ込んでいく。


 「すっげえ。アレでびくともしないって、やっぱ硬いなぁ。」

 レベッカが、その木の枝を派手に折りながら飛ばされる虫を見て、感心し、言った。


 「そんなこと言ってる場合?さっさと切っちゃってよ。」

 「えー、でもノアの蹴りでずいぶん飛んでったぜ。」

 「すぐに落ちてくるわよ。くびれを狙えば切れるでしょ?地上の昆虫は高く売れるんだから、きれいに切りなさい。」

 「まぁ、あれだけ硬けりゃ、いい防具になるか。・・・おっと、戻ってきた。とりゃあ!」


 レベッカはノアの指示どおり、昆虫らしい頭と胴のくびれ目を狙い、剣を払った。

 スポーン、と、小気味いい音がして、頭と胴が分かれる。


 ガサゴソガササゴソ・・・・


 「いや、嘘だろ?」

 「ある種の生物は死んだ後でも気づかず動く、と聞いたことがありますが・・・」

 「いや、これって、死んでねえよなぁ。」


 二人の前で、頭と胴がそれぞれガサゴソと元気に(?)しばらく動いていた。


 遠巻きにそれを見ること、小一時間。

 やっと、動きが止まった、のか?


 「やっぱ、地上って怖いなぁ。」

 レベッカの言葉に、ノアも静かに頷くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DDDD(ダンジョン・ディテクティブ・ダイヤモンド・ダスト) 平行宇宙 @sola-h

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ