第15話 肉が来た

 「肉だ。」

 レベッカが言う。


 無事PGGを捕獲できたその後、他のニードル・ゴートをそのまま放置もなんか気に病む、と、その場で休憩がてら、自分たちも寝転んでいたダイヤモンド・ダストの二人。

 ニードル・ゴートの習性で雨が降ると、毛の形を変えて水を取り込み、そのまま眠ってしまう。このダンジョンの階層では雨の後に夜が来る、というルールがあるらしく、しかも夜行性の魔物が少ないことから、固まって寝るのだ、ということを、教えられたダイヤモンド・ダスト。

 それを逆手にとって、雨を降らせ、寝ている間に毛皮を取れば、無事キラキラしたニードル・ゴートの毛皮を手に入れることができる。彼女たちが狙っていたPGGもその習性は同じ。ということで雨を降らせて、寝かせて、依頼の品ゲット、は無事果たしたのだが、そのまま他のニードル・ゴートが、夜でもないのに眠っていたら、無駄に屠られはしないか、と、勝手に護衛がてら休憩を始めたのだったが・・・


 多分、固まっていると暑いし、水が皮膚に吸収されると針のような毛が互いをチクチクと刺すのだろう、ゆっくり目覚めるニードル・ゴートたち。

 本当の雨でもないから、夜の寒さがやってくることはなく、目覚めは早いのだろうが・・・


 依頼には猶予がある。

 別にゆっくりでいいさ、と、のんきに固まって眠る山羊たちの寝顔を楽しんでいた矢先、ゆっくりと仁王立ちする何かの視線を感じて、レベッカは身体を起こしたのだ。



 「あれま、熊さんね。」

 ノアも身体を起こし、そちらを見て言う。


 熊さん、などとかわいく言っているが、どうあがいてもかわいくはないであろう。

 まだ離れた場所でこちらの様子を立ち上がって伺うその姿は、2.5メートル、いや、3メートルに届こうか。黒と言うよりは焦げ茶のその肢体、縦にも大きいが胴回りもごつい。

 特に四肢の太さは、熊と言うより象とかカバとか。

 今は引っ込んでいるが、ほとんどの熊の魔物は、戦いの時に爪が伸びるから、奴もそうだろう。

 そして何より・・・


 「速い!」


 立ち上がった2本足の状態から、一気に4つ足になると、突然こちらへ向かって走ってきた。

 500メートルは離れていたその距離が一瞬にして詰まる。


 「サンクチュアリ。」

 グワァン・・・・


 とっさに唱えたノアの魔法が板状に熊の前に張られ、ギリギリその突進を止めた。が、さすがにぶつかった音からだけでも、その威力に恐怖する。


 「すげえ。ノア、まさか手加減してないよな。」

 「間に合っただけでも喜びなさいな。にしても、想定の倍以上の威力よ。注意して。」

 「ああ。だけどあれって・・・」

 「素材としても優秀そうね。きれいに倒さなきゃ。」

 「凍らせるか?ダイヤモンド・ダスト!」


 レベッカは熊に向かって、氷魔法をぶつけた。


 カッキーン・・・


 と、一瞬にして凍る。


 「やったか?」


 ・・・・パリパリパリ・・・・


 が、数秒もすると、中からパリパリと氷の割れる音がして、


 パァーーン!!


 氷は、なんなく砕けた。


 「マジかぁ・・・」

 「夜の寒さを凌げるんだもの。氷に耐性があっても不思議じゃないわ。ほら、身体から湯気が出てる。」

 「うわぁ。熱出してちょっととかしてから、力業、ってところか?」

 「でしょうね。てことは、熱にも強いんじゃない?」

 「だよなぁ・・・」

 「て、のんきに話してる場合じゃなさそうよ。こっちを睨んでるわ。とりあえず、アースプレス!」


 ノアが言いながら、地面に手をついて魔法を放つ。と、熊が立つ2メートル四方が、ガツンと、消えた。

 土魔法で土を圧縮し、地面に穴を開けたのだ。圧縮された土は、その分硬度を増し、簡易牢のできあがり、である。


 ガオー!

 ガリガリガリガリ・・・・


 熊の吠え声と、周りをひっかく音が地面から響く。

 やはり、力強い爪が、この熊の武器のようだ。


 二人は、穴に向かって歩み寄った。


 「掘ったなぁ・・・」

 「思ったより深かったわね。見た目より地盤が柔いのかしら。」

 「ミス、とは、言わないんだな。」

 「私を誰だと思ってるの?ミスなんてしないわ。」

 「はぁ?・・・・って、へいへい、あんたはすごい。ああすごい。」

 睨まれたレベッカは、棒読みで言う。

 「ったく。本当に見た目より柔らかいだけなんだからね。にしても、あの爪、やっかいよね。そこそこの剣でも傷つかない硬度なんだけど、筋、入ってそう。」

 「だなぁ。あれどうするよ。」

 「毛皮とお肉、欲しいよねぇ。」

 「肉は絶対いるよなぁ。」

 「毛皮もいるって。あれ、持って帰ったら、300は堅いわよ。」

 「マジか。借金も早くなくさなきゃだしなぁ。」

 「よねぇ。火も氷もダメ、となると・・・空気を抜くかも水攻めか・・・」

 「ゲッ、相変わらずエグいなぁ、聖女様よぉ。」

 「何よ。他にもっと良い方法があるなら教えなさいよ。」

 「いや、別にないけどぉ・・・で、どうする。」

 「水ね。ニードル・ゴートも水で成功だったし、せっかくならここは水押しで。」

 「意味、わかんね。」

 「ほら、さっさと注ぐ。あんまり上まで注いじゃダメよ。上ってきたら困るし。」

 「へいへい。ウォーターフォール。ストップ言って。」

 「・・・はい、ストップ。オーケイオーケイ。あらま、熊って泳げると思ったけど、あの子金槌ちゃんみたいねぇ。顔を出せるようなら押さえなきゃって思ってたけど、全然大丈夫じゃない。」

 「うへぇ。よくそんなの観察できんな。あたしはパスで。後任せた。」


 レベッカは、再び、山羊の元へと戻り昼寝と洒落込む。

 とはいえ、すでにニードル・ゴートの群れは姿を消していて、彼女たちが休憩用に置いていたシートやコップだけになっていたのだが。



 しばらくして、ノアがレベッカを呼ぶ。

 魔力で力尽きた熊を持ち上げると、二人で解体し、マジックバッグ・・・に見せかけた空間収納に放り込む。

 魔物の肉は、そのまま、夕食へと早変わりした。

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