第9話 vs PGG その1

 「やっかいだねぇ。」

 そうつぶやくのはレベッカ。

 「あの状態で殺して、肉だけ持って行く、なんてのは、さすがにないわね。」

 はぁ、とため息をつきつつ答えるのはノア。

 二人は、現在46層。

 絶賛、ターゲットのPGGを前にたたずんでいた。


 46層。


 DDは生きて戻った階層によりそのランクが示されるが、そもそもAランクは30層より下の階層から生き戻った者に対して与えられる。

 それより深い階層は、上級者、上澄み以外は踏み込めない地。

 そんな場所で探索を成功させることができるのは全DDの10パーセントもいるかいないか。

 ちなみに、Aランクというのが、DDの最高ランク、と、される。

 というのは、49層と50層には、超えられない壁があるからだ。

 そして、この越えられない壁を越えた者にのみSランク、という名が与えられる。

 長い歴史の中で、このランクを得た者は100人にも満たないかもしれない。


 46層。


 そんな深層に到達する者は当然のこと希少である。

 希少であるからこそ目指す者も多いのだが、それはそこで生息する魔物が、人の生存圏では希少だからだ。

 当然、二人の追うPGGなる魔物も希少。

 このプラチナ・ゴールデン・ゴートという魔物は、その名の通り、体表をプラチナとゴールドの毛で覆われている。といっても、それは色の話で、金属のプラチナやゴールドでできているわけではないのだが。


 46層。

 ちなみに、このPGGが生息するとされる階層は45~48層である。

 ダンジョンの不思議は、この階層に切り立った山々を創り出した。

 山、といっても、木や草はほとんど存在しない、ほぼほぼ岩肌がむき出した地形である。

 そして、岩肌はもろく、魔物や人が、否、風が吹くだけでも、コロコロと岩肌を滑り落ちる小石が、ヒヤリとさせる。


 こんな何もない、と、思われる場所であるが、生物はそれなりに存在する。

 いわく、岩の割れ目から顔を出す小さな草たち。

 頭上を舞う、頭のはげた猛禽類。

 そして、岩をモノともしない4つ足ども。


 クァオーーー


 はるか上空に円を描く猛禽類、ドラゴン・ホークの声がしゃくに障る。

 チッ、と、レベッカは、舌打ちすると、手のひらをに向けて、

 「ファイアーアロー」

 と小さくつぶやく。

 と、狙い違わず、直径5センチはあろうという巨大な矢が飛び立ち、ドラゴン・ホークの頭を一瞬にして灰にした。


 ドッゴーン!!


 「ちょっと、何八つ当たりしてんのよ。やつら逃げちゃったじゃない。」

 「晩飯だよ。ってか、逃げてなくてもあれは狩れないし。」

 「・・・よねぇ・・・」

 ハァ・・・

 ノアは再びため息をついた。



 時間は数分前に遡る。


 PGGは基本的に群れで活動するゴート種だ。

 奴らは、切り立った崖で生活し、主にそこに咲く草花を食する、いわゆる草食の魔物である。

 彼らが群れで行動するのは、捕食から逃れるため。

 そのスピードと、で、逃走を得意とする。


 そも、PGGと呼ばれるのはその外見からではあるが、その名は、本当は単なる俗称に過ぎない。というのは、この正式名、というか、本来の名は、ニードル・ゴートという。

 その体毛から、プラチナ・ゴート、ゴールデン・ゴート、そしてプラチナ・ゴールデン・ゴート等として、流通している、どちらかというと素材の商品名が俗名化したものだ。

 名は体を表す、というよりも外観からつけられたその名の通り、ニードル・ゴートの毛は個体差があって、それは金や白金の輝きを持つ。

 それだけでも、高級衣類や鞄・靴等々、服飾品の素材として価値があるのは想像できよう。

 しかもその生息域がAランクのDDでなければ到達できない希少性も相まって、その価値はうなぎ登りだ。


 ただし、他の魔物を躱し、ただこのニードル・ゴートのみを狙うならば、深層の魔物としては決して強い部類ではない。

 そのため、これを専門に狙うDDもいるにはいる。

 いるにはいるのだが・・・・


 数分前。


 ダイヤモンド・ダストの二人は、ニードル・ゴートの群れを発見した。

 ちなみにPGGはニードル・ゴートの中でも特異固体というか、本来単色が多い中で、プラチナとゴールドが混じり合う珍しい存在だ。その色の出方は個体差が多く、その出方を自慢したりするらしい。

 つまり、希少なニードル・ゴートの中でもさらに希少なPGG。

 出会える確率が、そもそも少ないのだ。

 少ないのだが、この二人。

 見つけた3つめの群れに1匹、PGGがいることに気づいて、嬉々として、この群れを追い始めた。


 「時間が勝負よ。あまり興奮させないで。」

 「わーてるよ!ノアこそ静かについてこいっての!」

 群れにこっそり近づき、一気に距離を詰めた二人。

 が、そのときには、すでに二人の接近が気づかれていたようで、群れの大半がこちらに首を向けて足を止めていて・・・


 「見つかった。」

 「ええい、サンクチュアリ!」

 そのことに気づいた二人。

 ノアがとっさに群れを結界で囲む。

 そのスピードは、他の追随をゆるさないもの。

 そもそも、詠唱なしで魔法名のみの発現などは、超高等技術。

 息をするようにできる二人が特殊なだけだ。


 が、


 タタタタタタタ・・・


 軽やかな音と共に、結界が張るか張らないかのタイミングで、針が打ち出された。


 「はぁ?マジか?」

 閉じ込めたと共に間髪いれず魔法を打ち込もうとしていたレベッカが脱力したように腕を降ろした。


 タタタタタタタ・・・


 まだまだ続く、軽い音。

 針がどんどんと打ち出されていく。

 その出所は・・・・


 「・・・これは失敗、ですねぇ・・・」


 ニードル・ゴート。

 その名の通り、体毛を針のように打ち出して、相手が怯んだ隙に、その自慢のスピードで逃げ去る。

 その殺傷能力は低いものの、そのスピードはすさまじく、また、針が刺さると抜けにくいため、地味に痛いのだという。まるでサボテンの針をつかんでしまったときのように。


 今回、針は展開した結界に阻まれて、彼女たちに届くことはない。

 が、思わずレベッカが漏らした一言。

 「やっかいだねぇ。」

 針を打ち出したあとのニードル・ゴートは、先ほどのきらびやかな様相が嘘のように、丸裸の巨大山羊の群れと化したのだった。

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