第8話 友達として


 優斗は放課後、香菜を預かってもらっている七瀬家へと向かっていた。

 優斗の隣にはもちろん水凪もいる。


「なあ水凪……俺、美波ちゃんに嫌われたかもしれない…………」

「なんかあったの? 全然そんな風には見えなかったけど」

「いやぁ、昨日一度も俺の顔を見てくれなかったし、会話したのも自己紹介の一度だけだったし…………」

「嫌われてるわけじゃないと思うよ…………前に美波が学校に行ってないって話をしたでしょ」

「うん…………」


 水凪は一度言葉を飲み込んだ後、何かを決心したのか会話を続ける。


「美波はね、学校で虐められていたの……。この事は他の人には内緒にしといてくれると助かる。あの子そういう目で見られるのを嫌うから」

「うん、誰にも言わないよ。それに、俺にもそういう時期があったことをお前なら知ってるだろ」

「そうだったね…………」


(学校に行っていないという話を聞いた時から、薄々そんな気はしていたんだが、いざ聞くとやはり胸糞悪いな)


「もしよければ、理由を聞かせてくれないか? 何か力になれるかもしれないし」


 水凪は躊躇っているのか、少し陰のある表情をした後、何があったのかを語り始めた。


「美波の友達が狙ってた男の子が、美波に告白したんだって…………。ただそれだけ。女の子ならよくある嫉妬だよ…………」

「…………」

「それを美波は断ったんだ。それが気に入らなかったんだろうね…………。翌日から、クラスの女子からは無視されて、男子からはからかいの対象にされたんだ……」

「…………酷いな」

「ははっ、そうだね……でも仕方ないよ、美波は私に似て可愛いからね」


 そう言い水凪は笑ったが、表情は険しいままだ。


(そうだよな、虐められる事に納得なんてできるわけがないよな……俺がそうだったように……あの時俺は水凪と流矢に救われた、だったら次は俺の番だ…………)


「なあ水凪、この前言ってた俺に任せてくれないか」

「この前言ってた件…………ああ、美波の家庭教師をお願いしていた件ね」


 実は、水凪から香菜を家に預けないかと提案されたときに、「もしよければ、その御礼に美波の家庭教師をお願いできない? ほら、あの子今年受験でしょ。でも私はご存じの通り……勉強を教えられるほど頭もよくないし…………だから、優斗が良ければでいいんだけどお願いできないかなと……」という話をしていたのだ。

そのときは、香菜の記憶のことや学校のことなど、分からないことが多かったので保留という形にしていた。


「でもいいの? 面倒掛けると思うけど」

「それは、お互い様だろ。それに少しでもお前の力になりたいし」

「…………」

「なんだよ」

「優斗ってやっぱり私のこと好きでしょ」

「……友達として当然のことをするだけだ」


 水凪はそうだね。とケラケラ笑っていた。


(恰好つけたのはいいけど、まだ美波ちゃんとちゃんとした会話すらできていない…………)


 そんなこんなで話しているうちに目的の七瀬家に到着する。


「ただいまー」

「おじゃましまーす」


 香菜は仲良く出来ているだろうかと心配しながら、リビングへと向かう。

 しかし、リビングに香菜たちの姿は見えなかった。

 水凪が、美波ーと呼ぶと二階からドタドタと足音が聞こえて来る。


 それから、数秒程すると香菜と美波の二人がリビングへと入って来た。


「見て見て、なぎ姉! 香菜ちゃんと作ったんだ!」


 美波は、手に自由帳のような物を持っている。

 それを、美波は水凪に見えるようにしてページを開く。


「凄いね! これ二人で作ったの?」

「そう! 私が話を考えて、香菜ちゃんが絵を描いたの!」


 香菜は美波の隣で、えっへんと胸を張っている。


(しかし、美波ちゃん昨日と全然雰囲気が違うな、きっとこれが彼女の本当の性格なのだろう。それに、香菜とも仲良く出来そうで良かった)


 一息ついた後、優斗は香菜に声を掛ける。


「香菜、今日はどうだった?」


 今まで香菜と美波は優斗の存在に気づいていなかったのか、一瞬膠着する。 

 しかし、優斗に気が付いた香菜は直ぐに駆け寄って、優斗に抱き着いた。


「おかえりー」

「ああ、ただいま。美波ちゃんもありがとうね、香菜と遊んでくれて」


 優斗はそう言い、美波の方を見る。

 しかし、美波はすでに水凪の体に隠れていた。


 優斗は、少し申し訳なくなり水凪と視線を合わせる、水凪はごめんねと言いたげな視線をしていた。


「美波ちゃんごめんね、驚かせるつもりわなかったんだ」

「はい……」

「…………」


 しばらく沈黙が続いたが、その空気をよくないと思ったのか水凪が口を開く。


「そういえば、美波。今日はあんたが好きなアイス買ってきたよ」


 そう言うと水凪は、買い物袋からおもむろにアイスを取り出した。


「これ私が食べたいって言ってたやつだ……ありがとう。なぎ姉……」

「いいよー、夜ごはん食べたら食べようか」


 その光景を微笑ましく見ていると、突然服の裾が引っ張られる。

 優斗は、引っ張られた方向に視線を遣ると、香菜が羨ましそうな視線を向けてきていた。


「俺たちも、帰りに買おうか」

「いいの!? やった!」


 喜びの表情を浮かべて、香菜は美波の所へと向かう。


 ――香菜と美波がアイスに関しての会話をしばらくした後、優斗と香菜は帰途についた。










 










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