第5話 母の訪問
ピンポーン。
インターホンを確認すると、「やっほー」と明るい声が飛びこんできた。
そう発した人物は、合鍵を使ってエントランスを抜けて、優斗の部屋の前までやって来た。
優斗は相手が玄関前にやって来たのを確認して玄関を開ける。
「久しぶり、母さん」
「久しぶり優斗、元気にやってる?」
玄関前に立っているのは、優斗の母親――
合うのは一人暮らしを始めてからは初なので、約一カ月ぶりといったとこだろう。
優斗と同じく綺麗な黒髪で、髪の毛は後ろで結んでいる。実年齢より幾つか若く見えるその容姿と、流行りの服を着こなしているということが相まって優斗と一回り差だといってもギリギリ通用する程だ。
「どうしたの? 母さんを見てほっとした〜みたいな表情しちゃって」
「っ…………」
「やっぱり、寂しかったのかな?」
「…………」
母との久しぶりの再会に思わず頬が緩んでいた優斗。
(少し、喜んだ自分を殴りたい…………)
「ごめんごめん、母さんも優斗が健康でいてくれてほっとしたわ」
「……そんなことはいいから、とりあえず上がって」
「そう? それじゃあ、お邪魔します」
美琴を家に上げて、共にリビングへと向かう。
優斗は、美琴を食卓テーブルの椅子に座らせてから、長い話になるだろうと思い二人分のお茶を注いでから、母と向かい合う形で椅子に座った。
「あれ? 香菜ちゃんは?」
「ああ、香菜はまだ寝てるよ。起こした方がいい?」
「いや、いいわ。 起こすのも可哀そうだしね」
もう時刻は十一時を回っていたが香菜は、まだ優斗の部屋で寝ていた。よほど昨日の買い物で疲れたのだろう。
「――それじゃあ、本題に入ろうか」
美琴は、いつものおちゃらけた表情から一転して、いたって真面目な雰囲気で口を開いた――
「まずは、三年前のあの日――キャンプに行った日。 香菜ちゃんは行方知れずになった」
「行方知らず? 香菜は、あの日亡くなったんじゃなかったのか?」
「いいや、香菜ちゃんは見つからなかったんだ…………」
「じゃあ、なんで教えてくれなかったんだよ……知っていたら俺は助けに――」
「そう言うと思って伏せて置いたんだ」
「っ…………」
「その後も、捜索隊を結成して奮闘したんだが結局、目ぼしい物は何一つ見つからなかった……」
確かに、香菜が生きているかもしれないと知らされていれば優斗は自分の命なんて惜しまずに香菜を探しに行っていただろう。幼い自分には何もできないことなど知らずに。
そう考えると、母らが真実を言わなかったのは正しい判断だと言える。
「優斗、あの日の出来事を覚えていないだろう」
「うん、キャンプ場に着いたところまでの記憶しかない……」
「あの後、優斗が心を閉ざしてしまったから言わないようにしていたんだが、率直に言うと――あの日優斗と香菜ちゃんは崖から転落した」
「えっ」
顔から徐々に血の気が引いていく。脳に血液が巡っていないような感覚。
目の前が、徐々に暗く染まっていき、チカチカと脳が悲鳴を上げている。
優斗は、頭の中で何かが繋がっていくのを感じた。
(なら、あの夢の内容は……)
「思い出した…………そうだあの時、俺と香菜は喧嘩をして」
その時、会話の声量が大きかったのか、香菜が優斗の部屋からドアを開けて出て来た。
「ゆうと、おはよ~う」
まだ、冷め切らない目を擦りながらあくびをしている。
優斗は、気が付いたころには香菜の胸に抱き着いていた。
「ああ、暖かい。ちゃんと生きてる…………」
「え? ゆうと、どうしたの? ないてるよ?」
涙が滝のように流れて、鼻水も自然と流れていた。
(俺は、香菜を助けることができたんだ、本当に良かった…………)
「もうだいじょうぶだよ、だからなかないで。ね?」
我が子をあやすような、甘い声で優しく優斗の頭を撫でる。
それから、しばらく香菜に抱き着いていた優斗は、優しい手つきに落ち着きを取りも出した。
「香菜、もう大丈夫。ありがとう」
「かなしくなったら、いつでもぎゅーしてあげるから」
「はは、ありがとう」
「…………」
ようやく我に返った優斗は、背後から少し
手は香菜の背中にまわしたまま、後ろに目を遣ると、ニヤニヤとした表情をした母がいた。
(そうだ……香菜だけじゃなかったんだ。死にたい…………)
優斗は、美琴を睨むような目つきで見た。
そうすると、美琴は両手を広げて私にも抱き着く? と言わんばかりに手を広げる。
(本当に、この母親は…………)
優斗は、はぁ~という大きなため息をひとつついてから香菜を離して立ち上がった。
それから、香菜に美琴を紹介したが、やはり覚えていないらしい。
その後、美琴が香菜をぎゅーっと抱きしめる。
美琴は肩の荷が下りたのか心底安心したような笑みを浮かべていた――
「香菜も俺と同じように記憶を失っているのかな?」
「ええ、そうだと思うわ」
「なら、この見た目についてはどう思う?」
「……分からないわ、単に背が伸びていないだけという可能性もあるし――」
少し遅めの昼食を食べた後、再度話し合いを再開していた。
その間、香菜は夕方アニメを見ながら「いけー」「がんばれー」などの声援を飛ばしている。
色々と意見を出し合っていたら、もう日が暮れそうになっている。
しかし、香菜が今までどうやって生きて来たのかだけは、はっきりとしなかった。
「もう、こんな時間になってしまったし今日は帰るわ」
「ちょっと待って、母さん。香菜を両親の元へ返さなくていいの?」
「あっ、その話をするのをうっかり忘れていた」
(その話が今日の本題だったはずなんだが…………)
優斗が「しっかりしてくれよ」というと「ごめんごめん、てへぺろ」と舌を出し、立ち上がるのを止めて席に着いた。
(この人、本当にシリアスとコミカルの切り替えが凄まじいな!!)
「香菜の両親に今、香菜ちゃんを合わせることはできない」
「理由は?」
「香菜の母親は、あの日香菜を失ってから精神が不安定になってしまったんだ……、そのため今は、病院で治療をしている。香菜の父親に連絡を取って見たんだが状態はかなり悪いらしく、記憶のない香菜に合わせるのは危険ということだ」
「そっか…………」
「香菜の父親が、今直ぐではないが容態が落ち着いたら時間を作って迎えに来るとの事だ」
(香菜のことを考えると少し冷たいなと思ってしまうのは、俺のエゴだろうか)
そんなことを考えていると、母がおもむろに椅子を立ち香菜の方へと近づいて行った。
「香菜ちゃん、私と一緒に来ない?」
「…………??」
香菜は、よく分かっていないようだった。
「うーんとね、私たちのお家で一緒に暮らさない?」
「ゆうとも一緒?」
「うーん、優斗は一緒じゃないかな……」
「なら、いかない」
即答だった。
優斗は、少しうれしいなと思いつつもどうしたものかと困惑していた。
「じゃあ、香菜ちゃん優斗の面倒見ててもらってもいい?」
「うん! 任せて!」
そう言うと、美琴は香菜の頭をわしゃわしゃと撫でながら、少し申し訳なさそうに優斗の方を見る。
優斗は、それに対して頷きで返した。
「じゃあ、私は帰るわね。 香菜ちゃんまたね。」
「うん! ばいばい、ゆうとのお母さん」
優斗は、美琴を玄関まで送っていく。
「それじゃあ、香菜ちゃんのこと任せるわね」
「うん、任せて。母さんも父さんの仕事を支えてあげて」
「何から何まで任せてしまって本当にごめんね」
「いいよ、ここに残るって決めたのは俺だし。香菜と暮らすのも楽しいから」
「……ありがとう、また仕送りするから、困ったことがあったら連絡してね」
そう言って、優斗は玄関を出ていく美琴を見送った――
――ベットの中、優斗は隣で眠っている香菜を見つめながら、「香菜の記憶を絶対に取り戻して見せる」と、そう強く決心する。
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