第4話 お買い物をしよう

「うと……きて……おきて…………!」

 

 優斗は、何者かに馬乗りにされた状態で、夢の世界から現実に戻ってくるように体を強く揺すられた。天使のような声だったので、ついに天からの使者が迎えに来たのかと思った。


「ううん……天使様…………」


 優斗は寝言を呟き、未だに夢から覚め切っていない様子で目をこすりながらゆっくりと体を起こす。二回、三回ほど瞬きをした後、急激に脳が覚醒し夢と現実の狭間から抜け出した。


「…………」

「やっとおきたー」


 え? え? え?

 

 目を見開いた優斗の正面に、香菜の顔があったのだ。

 その距離、鼻先一センチ。香菜の吐く息が顔をくすぐる。

 あとほんの少し顔を前にしていたら、衝突事故が起きている近さだ。


「……うぉおっ!!」


 優斗は状況を理解して、反射的に距離をとろうとするが香菜が足の付け根あたりに乗っていたため、再びベットに寝転ぶような形となった。


「ゆうと、おなかすいた!!」


 仰向けになった状態から、首だけを捻って時計に目を遣ると午前九時四十五分を表示していた。


「ごめん、ご飯にしようか」


 (それにしても、久しぶりにこんなにぐっすりと寝たな……香菜がいたからだろうか……いや、きっと疲れていたからに違いない、きっとそうだ)


 優斗は自分が考えていることが恥ずかしくなり、朝ご飯を作ることに意識を集中させた――



「『ごちそうさまでした!!』」


 二人で手を合わせて、食器を台所へと持って行く。

 今日の朝ご飯は、食パンに苺ジャムを塗っただけのものだったが香菜は甘いものが好きなのか、大満足してくれた。


「香菜が、甘い物好きだってこと知らなかったな……」


 そう呟いた優斗は少し悲しげな表情を浮かべながら、皿を洗う。

 その後、歯磨きや着替え家事などをしていたらいつの間にか、時刻は正午を回っていた。その間、香菜は土曜朝の子供向けアニメをなにやら真剣な表情で見ていた。

 アニメが一段落着いたところで、優斗は香菜に声を掛ける。


「香菜、出掛けようか」

「どこに?」

「それは、着いてからのお楽しみだ」



 ――香菜を連れて、優斗が来たのは大規模なショッピングセンターだ。

 優斗の家から、電車で二駅の位置に立地しているこの場所は食品や日常品は勿論のこと、その他に映画館や本屋、ジムなど様々な種類の店舗が入居している。

 

「休日の昼間ともなると、すごい人だな……」


 駐車場は、ほとんど満車だった。こんな人が多い場所で香菜は大丈夫だろうかと様子をちらっと伺うと。目をキラキラと輝かせて、手をぶんぶんと振っていた。


 (要らぬ心配だったようだ、それにしても香菜が楽しみにしてくれてなによりだ)


「今日は好きなのかっていいからな」

「いいの!? ありがとう!」


 香菜は不安そうに首を傾げていたが、大丈夫だと笑顔を向けると、顔を太陽のように輝かせた。


 (この笑顔が見られたことを両親に感謝だな)


 ――実は今朝、母から「少なくとも数カ月は香菜ちゃんの面倒を見てもらうことになると思う」とメッセージが来ていたのだ。詳しくは明日、家を訪れるときに説明するとのことだ。そのため香菜ちゃんのために色々と買ってあげて欲しいと仕送りがされていたのだ――



「それじゃあ、行こうか」


――まず初めに来たのは、子供向けエリアの中でも一際カラフルな洋服店だ。

 香菜は、白いワンピース一着しか服を持っておらず。それも至る所に傷や汚れのある使い古した服だ。                        

 なお、現在も優斗の隣でその服を身に着けており、買いに行くならこれからだと決めていたのだ。


 (それにしても、こんな服でも絵になるんだよな……)

 

「ん゙……香菜、これなんてどうだ?」


 一度、咳ばらいをしてから香菜に尋ねた。


「うわゎ~かわいい!! きてみてもいい?」

「うん。試着してみようか!!」


 近くの店員さんに声を掛けて、試着をすることに。

 ちなみに、優斗が選んだのは夏に似合いそうな白色のバタフライスリーブのワンピース。

 好みじゃなかったら嫌だなと思い、今とそれほど大差ない物にしたのだ。

 きっと、何を着ても似合うんだろうな…………、と考えていると試着室のカーテンが勢いよく開いた。


「ゆうと、どうにあう?」

「…………」


 手を広げてくるりと一回転して見せる香菜。

 優斗は、言葉を失っていた。決して、似合っていないからではない。

 純白のワンピースを着た少女が可憐すぎたからだ……天使、いや女神と形容しても差し支えない程だ。どう? と彼女の向ける純真無垢な笑顔が眩しすぎる。

 浄化されそうになっていた優斗は香菜の、不安そうな表情を見て我に返る。


「ああ、似合ってるよ」


 そう言うと、香菜は嬉しかったのか体を楽しそうに動かしていた。


 「そういうときは、可愛いって言ってあげるんですよ」と、ちょうど通りかかっていた店員さんに笑顔で言われた――


 その後、ズボンや上着などの私服やパジャマなどを購入して別の場所に向かった。

 次に来たのは靴屋である、香菜が選んだのは白一色の運動がしやすそうな形状の靴だ。


 そして、遂に今日一番の難所――そう、下着屋である。

 さすがに女性用下着ともなると、子供用であったとしても居たたまれない気持ちになるため、売り場付近まで付き添ってから、「俺は、あっちを見てくるから欲しい下着があったらいくつか持ってきて」と香菜に告げ、足早にメンズコーナーへと向かった。


「にあうかみてよ!!」と言われたが、さすがに一緒に選ぶのは心臓が持たないので遠慮しておいた――幼女恐るべき。


 しばらくして、香菜がいくつかの色鮮やかなぱんつを持ってきた、「みてみて!」と言われたがそのぱんつを出来るだけ視界に入れないようにして、レジへと向かった。……なんで、素手で持って来ているのか突っ込みたくもなったが、言葉にはせず胸の内に留めておいた――


 因みに、会計の際にチラっと見えただけなのだが、可愛いクマや苺のイラストが付いているのが見えた…………


(まあ、洗濯するのは俺なんですけどね――)

  



「はぁ~、疲れた~」

 

 その後も、最寄り品などの必要なものを購入していった。

 優斗は大きな荷物を片手に長いため息を付く。歩くのがしんどいなどということではなく、精神的にどっと疲れていた。


 香菜も香菜で「おなかすいたー」と横で独り言を呟いている。朝ご飯を食べたのが遅かったこともあり、お昼ご飯を食べる機会を逃していたので、それもその筈だ。

 ちょうど優斗も、一度休憩できる場所に行きたかったので、出入り口付近にあったオシャレな喫茶店に立ち寄ることにした。


 店内に入るとすぐ、橙色の照明と小さな鐘の心地よい音色に出迎えられる。

 時間帯も相まってか、そこまで混んでいなかったためすぐに席を通された。


 テーブル席へと招待された後、香菜がメニュー表を食い入るように見ている。

 食べたいものが、見つかったのかページをめくる手の動きを止めて、何かを言いたそうに優斗の顔を見た。優斗は、その表情を何度も見たことがあったためすぐに香菜の気持ちが読み取れた。

 

「好きなの、頼んでいいよ」

「ホント!? やったー!」


 (子供なんだから、そんな気遣いしなくてもいいのに…………)


「じゃあ、これたべたい!」


 香菜が指を差した先に視線を向けると、イチゴやらミカンやらが乗っている豪華なパフェの写真が載っていた。こういうところは子供らしくて可愛いなと思い、優斗は笑みを浮かべる。結局、優斗も香菜の頼んだパフェが気になってしまい、同じものを注文することに。


「『いただきまーす』」

 

 香菜は、さっそく届いたパフェに手を伸ばした。

 山盛りに盛られて、今にもこぼれてしまいそうなパフェを上手に口へ運んだ。


「んぱっ、おいし~い」


 両手を頬に当てて恍惚とした表情を浮かべながら、んん~と鼻を鳴らしている。


 香菜があまりにもおいしく食べていたため、優斗も気になりパフェを口に運んだ。

「ん、美味しいなこれ!」気が付くとスプーンを待った手がパフェと口を行ったり来たりしていた。

 

 優斗は、ものの数分でパフェの容器を空にした。

 もう少し食べたかったなと思いつつ顔を上げて、香菜の方へ目を遣ると、香菜はまだ、美味しそうにその小さな口へパフェを運んでいた。

 微笑ましいなと思いつつ、香菜をボーっと見ていると背後から気配を感じた。


 一瞬遅れて振り返ってみたが、そこには誰もいない……。

 気のせいだったのだろうと思いつつも、優斗は少しの間、警戒を緩めなかった。

 (香菜にもしもの事があったら大変だしな…………)


 

 その後、特に何かが起こることもなく無地に帰宅する。


 お風呂に入った後、さっそく香菜が今日買ったパジャマを着ていた。


 ピンクを基調としていて、苺の柄が入っているとても可愛らしいパジャマだ。

 店で試着をしていなかったからか、優斗の前に立ち、ファッションショーさながらに決めポーズをとった。


「どう? かわいい?」

「うん、似合っ……可愛いよ」


 そう言うと、香菜は「そうでしょ、そうでしょ!!」と昼間よりも嬉しそうに声を上げた。


 優斗は、今日店員さんに言われたことを思い出し、さっそく実行する機会が来たなとクスっと笑った。



 ――就寝時、やはり隣には香菜がいた。今日も、一人は寂しいとのことだ。


「う~ん、むにゃむにゃ、ゆうと」


 態度には出していなかったが、一日中歩き回って相当疲れていたのかベットに入ると速攻で寝息を立てていた。


(今日は、疲れたな。こんなに楽しかったのは、以来だ……)


 優斗はこんな暢気のんきなことを考えている場合ではないと分かってはいたが、これからの日々に少し胸を高鳴らせていた。


「おやすみ……」


そう呟いて、優斗はゆっくりと瞼を閉じる。


 


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